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後編「羅刹女と惨酷メカ」4

6
 縛り上げられたパン焼き親方が、フリチンで地べたに正座している。銃や鈍器や刃物で武装した、反乱の虜囚女たちが十人くらいで取り囲んでいた。
 それでも不敵に笑う。
 
「フハハ! 俺はゲリラだぞ、さあ殺せ! 大満足だ、我が人生に一片の悔いもない! おい、ミレーユ、良かったぞ! お前を最後にまた犯してやれて最高だった。生意気なガキどもも最後の教育で殴りつけてやったわ!」
 
 理解不能な言い草に、女の一人が当惑顔で棍棒で殴る。止めたのはミレーユだった。
 
「許してあげて下さい!」
 
 あのあと、パン焼き親方は「俺はゲリラだぞ?」とミレーユを押し倒した。彼女を犯している最中に駆けつけてきて、「一緒に戦って下さい」と頼む少年兵たちと、殴り合いの大乱闘を繰り広げた。
 しかし、彼は銃もナイフも使わなかった。わざわざ素手で、まだ子供のような少年兵たち五六人と殴り合いの大喧嘩したのだ。
 ミレーユだって、彼に組み伏せられて暴行されているところでなかったとしたら、通りがかったゲリラの歩哨たちから撃たれたり殺されていても不思議はなかっただろう。「こいつは俺に任せとけ、お前らもそこいらのバカ女とでもヨロシクやれよ」という言葉で、あっさりと笑って見逃された。
 長年に「ゲリラ村のパン焼き職人」をやっていて、一応は「仲間」の男たちに今さら銃を向ける気にはなれなかっただろう。かといって日常にパン焼き仕事を手伝わせて、自分のことを慕っている少年兵たちを殺す気にもなれなかったらしい。
 こんな殺気だった混乱の中で彼らを守る方法としては、彼は自分で手加減して「遊んでやる」のが、かえって最善であったのかもしれなかった。騒動を聞きつけた別の歩哨が覗いたときには「この小生意気なガキどもは任せとけ。パン焼きに必要な奴らだし、主任親方様がチョイと懲らしめて教育してやってるのさ」と言って、殺されずに済んだ。
 彼は普段には、女や子供にめったに暴力など振るったことがない(せいぜい怒鳴りつけたり小突くだけ、ミレーユにもせいぜい面白半分の尻叩きくらいだ)。ミレーユが作業の合間に少年兵たちに「学校ごっこ」で授業の真似事をするのも、特に咎めもしなかった。彼なりに「ガキども」のことは考えていたのか。
 そこでミレーユはため息して言った。
 
「この人は、パン焼きに必要ですし、この村でパン工場するのを手伝って貰いたいんです」
 
 それから彼女は自分の下腹をそっと撫でて付け加えた。目線はチラチラと、アザのある少年兵たちや殺気だった女たちの間を行き来している。
 
「それに、義理のパパかお爺ちゃん役もお願いしてたし。誰の子供かわからないけど。この子たちだって、世話したり仕事を教えてくれる人は必要ですし」
 
 やがて、女たちの一人が言った。
 
「爆弾首輪か電子足輪でも付けてやったら?」
 
 
7
 そのころ、カプリコンは麻薬畑の外れにある戦時中の鉄塔から、エネルギーの充電を受けていた。ゲリラたちが地熱発電の供給と活用のために残していたのだが、今は衛星からパワーレーザーが照射されている。単なる地熱発電だけでなく、パワーを受信や中継する装置や設備でもあったらしい。
 これまで死んでいた機能が稼働したのだ。
 原因はカプリコン。新しいパイロットが乗ったことで「有人機」と無人基地ネットワークから見做されて、パワー供給の優先順位が有利になったものらしかった。鉄塔から中継される充電を受け取ったことで、心許なかったパワー残量がみるみるうちに回復していく。
 
「ごめんねー、ごめんねー」
 
 コックピットではパトラが、来ていた上着を脱ぎ捨て、全裸で自分が粗相して汚した座席シートを拭っていた。赤くなって「ごめんねえ」と恥ずかしげに申し訳なさそうな調子で呟きながら。
 ロボットの人工知能が相手ながら、まるで人間の男相手のように恥ずかしく、真っ赤になって照れたよう笑いながら。最後の一枚を雑巾替わり、全裸で清掃するのが彼女なりの誠意だったのだろうか。
 再稼働で動き出す前に、汚れた上着は外に投げ捨てた。一糸まとわないあられもない姿でシートに座り、カプリコンも歩き出す。どうしたことか、モニターの片隅にさっきまでのコックピット内部の映像が映し出され、パトラは「うわ、やだ」と耳まで赤くなった。
 
 
8
 麻薬畑には炎が燃え広がり、漆黒の空を赤く照らし出していく。
 ゲリラ村の「反乱」は成功しつつあった。通信によれば、近くにいた州軍閥のパトロール・チームも急行しており、到着すればゲリラ勢力の追加の増援や奪還部隊が来ても、持ちこたえられるだろう。
 流れた禁断の毒煙で半ばラリった女たちは、捕虜をとらずに、ノリノリで片端から元気よく大虐殺した。これまでの恨みだけではなく、もしも近隣外部から敵の増援が来たときに呼応されると厄介だから、合理的な予防措置でもあった。少年兵たちは数人がかりでご褒美と懲らしめを兼ねて輪姦された。
 敗北を悟って破れかぶれになったゲリラたちの一部は、どうせ殺されるならばと、燃える麻薬畑に走り込んで狂い死にした。踊り飛び跳ねて嬉しそうに焼け死んだり、泣き叫んで「ママ」と絶叫していたり、凄惨な死影絵となって現世から消え失せたのだ。
 さながらワルプルギスの夜のようだった。
 今回の立役者のカプリコンは股間の火炎放射器から、業火のように煌めく炎の立ち小便でコカ栽培の麻薬畑を焼き払って、我が物顔で闊歩していく。ついでに捕虜のゲリラどもにもぶっかけてやった。
 呪われた楽園が燃えていく。
 破壊したのだ。
 キャノピーを開けて見晴らし、一分ほど感慨に浸る。漂う毒煙で少しラリっていたパトラは、心身のカタルシスに恍惚とエクスタシーさえ感じながら、コンソールに裸の胸と腕でしがみつき、コックピット内部のカメラに舐めるようなキスをした。
 とめどなく号泣しながら狂ったような笑いが止まらなかった。
 
(「終末のカプリコン」vol.1完)

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