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後編「羅刹女と惨酷メカ」3

4
 パン焼き竃のすぐ傍のベンチ、五十半ば過ぎの初老の「パン焼き親方」は煙草に火をつけていた。ゆっくりと紫煙を吸い込み、吐き出し、くゆらせながら、これまでの人生を回想する。
 遠く聞こえる喧騒から、「終わり」が来たことを漠然と察していた。未練はなかったが、郷愁のような気持ちで、死んだ愛娘のことを思い出していた。それに、今の助手の小娘との日常や白い裸体や表情。
 もう人生に一片の悔いもない。
 
「親方」
 
 現れたのは、知っている声と女。
 少し怒ったような声だった。
 普段の仕事で、少年兵たちと一緒に手伝いさせていたミレーユだ。ほとんど作業用の片腕と言って過言でなかった。
 
「おう、殺しに来たか?」
 
 パン焼き親方は、にっこり笑った。
 この娘のことは気に入っていたし、どうせ殺されるならこいつにやられるのも、悪くない死に方だと思っていた。心情的には死んだ愛娘の代わりで、しかも愛人まがいの関係の女でもあった。
 ミレーユが片手を挙げると、拳銃。 銃口でなく、握りが差し出されている。
 
「はい、これ。忙しいし大変なんだから、ちょっとくらい手伝って助けて下さい。反乱で、あの子たち(少年兵たち)も一緒に戦ってます」
 
 気色ばんだ真剣な目で射すくめられる。
 ミレーユは恨みがましく言った。
 
「もし危ないとか、自分が死ぬとか思うんだったら、煙草なんか吸ってる暇に私のところに来て降参でも命乞いしたら良かったのに。捕虜にくらいはしてあげますよ」
 
 そういえば、いつぞや冗談交じりに、そんな話をしたような覚えがあった。パン屋の娘らしい手際に関心し、褒めてやるつもりで「いざとなったら、都合次第で降参するから、今度はお前が俺を雇ってくれ」とか。
 
 
5
 ついにゲリラ村の虜囚居住地区で反乱が起きて、争闘と殺戮がたけなわとなりだした頃。燃え盛る麻薬畑での巨大ロボット同士の死闘にも、決着がつきつつあった。
 マッチョに見える敵ロボットだが、実は構造や設計からして違う。太って見えるのは「外骨格」だからで、装甲で着膨れしているのも半分の理由。内部の骨格フレームそのものはたいして強くないし、体表に傷がついて破られれば、内蔵する筋力機構自体は案外に脆いのだった。
 カプリコンの「ボクシング」または「チンピラ・ナイフ」戦法の乱撃で、あっちこっちに装甲・外骨格に貫通するような傷がついて、ところどころに内部にまでダメージが及んでいた。パワーでこそ勝るものの、スピードや俊敏さではカプリコンが勝っている。細くも頑丈な鈍器のような腕は、振り回すだけで高い打撃力だったし、しかも爪のようなナイフが着いている。敵は両腕に波動砲があるものの、動きは鈍く、胴体部の機関砲くらいならば、カプリコンには豆鉄砲に毛が生えた程度の効果しかない。
 さながら痩せたボクサーが太ったレスラーをパンチの連打で切り刻んでいくような戦いだった。派手なハイキックこそ使わないものの、時折に素早いローキックで、足元を切り崩すことも忘れていない。
 
(ひいい! 死んじゃう! 死んじゃう! キャ、ひゃああ!)
 
 コックピットで半泣きのパトラは座っているだけで目眩がしそうな、大波に揺られ続けるような振動で、振り回されて続けていた。
 それでもどうにか酔ったり気絶しなかったのは、極度の緊張状態と「一緒に戦う」強い意志のおかげだろう。人工知能による自動操縦とはいえ、自分自身の認識(脳波の感情反応や直感、視線など)が、生体センサーでコンピュータの判断にフィードバックされ、カプリコンの精密で素早い戦い方を多少とも支えているのだから。
 
(でも気絶したら、負けちゃう!)
 
 決死の気持ちで、敵を見据え続ける。
 
(あと少し! もうちょっと!)
 
 戦いは有利に思えた。
 そうでも思わねばやっていられない。
 敵の外貌は傷だらけで、動きも僅かに鈍っているようには感じられる。外骨格が十何カ所も傷つけば、それで歪みが出て動作にも影響が出るのだろうか。
 ただし、パトラの期待や願望でしかなく、単に敵のパイロットが激しい攻防に疲れているだけかもしれない。ナイフで大きく傷をつけても、表面を貫通的に破るほど深く切れ込むのはごく一部でしかなく、およそ小さい軽微なダメージだから動きは止まらない。
 不屈の頑丈さと闘志の怪物のように、倒れてくれない。いくらナイフで斬りつけても、ぶ厚い装甲とクッションを完全貫通して、内部の機械を壊せるわけではない。傷口から正確に思い切り刺して、ナイフを縦に突き込んで抉りでもすれば別だろうが、お互いに動いて殴り合っているのだから、そうそう上手くいくものではないだろう。しかも胴体部分は重装甲だから、表面的な損傷にしかなっていない。
 終わりの見えなさで絶望を覚える。
 そのときに、カプリコンは突然、突き放すような前蹴りを加えて、反動でバックステップする。距離をとって相手の腕の攻撃リーチから脱出するなり、胸部脇のビーム二門が乱射されだす。
 
(えっ!)
 
 乱射で、残りのパワー残量らしきゲージ表示がみるみるうちに、目に見えて減っていく。ビームとはいえ小口径で、あの重装甲の大型には牽制や威嚇以上には効いていない様子なのに(装甲強度、ビーム対策もしているのか)、構わずに撃ちまくる。
 だが、光弾の雨あられを浴び続けるうちに、急に敵のモーションがスローになりだす。ふとパトラの頭に浮かんだのは、茹でられるカニやロブスターだった。燃えていくコカの麻薬畑のもうもうたる毒煙の中で、ついに動作が停止したようだ。
 
「そっか!」
 
 あちこちに傷口があるものだから、ビームの直接の衝撃は防げても、熱までは防ぎきれない。だから内部の耐熱性に劣った部分が加熱で損傷したのだろう。胴体はまだしも、手足はさっきの殴り合いで装甲を破るような切れ込みが入っているのだから。
 カプリコンは歩み寄り、前に蹴り飛ばしてひっくり返す。敵ロボットのコックピットが開き、二人のパイロットが逃げだそうとして右往左往している。ロボットは加熱していたし、周りも火の海なのだから、ハッチを開けたところで逃げ場にも困ったのだろう。
 
「あいつら!」
 
 パトラの胸に、憎悪と殺意が湧く。
 その感情を、カプリコンは「殺せ」という命令だと思ったらしかった。長い足を振り上げて踏みにじる。血を吸って叩かれた蚊のように一瞬で潰れて飛び散ってしまう。
 
(あ。殺しちゃった。やっちゃった。私が殺した。私が「やれ」って思ったから、踏み潰して殺しちゃった! ああっ!)
 
 呆気にとられ、急に吐き気がして口元を押さえる。わけがわからないうちに涙が流れだして身体が冷えていくようだった。殺したいくらい憎んでいたとはいえ、思うのとやるのでは別次元。人を殺したのは初めてだった。
 それからふと気がつけば、シートと足元は戦闘中の失禁と脱糞で汚れ臭っている。自分がこんなところで何をやっているのかわからなくなり、嗚咽が止まらない。

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