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後編「羅刹女と惨酷メカ」2

2
 カプリコンの戦い方は、まるでボクサーのような、精密なものになっていた。大きく跳ねる、乱暴でアクロバティックな動作は影を潜めている。無人操縦ならばパイロットがいないから、どんな無茶な勢い任せでも良く、動きと体重をフル活用した力任せがかえって効率的だったのかもしれない。
 パトラを乗せている今は、必要以上には体軸をあまりずらさず、最小限の動きで回避する。そうして両腕のナイフで突き刺し、切り刻んでいく。あまりキックを使わないのは、安定性とコックピットへのG負担を軽減するためなのだろうか。
 おそらくパイロットの反応がフィードバックして、可能になった動きだっただろう。「何が脅威か?」「有利かピンチか?」の判断は、コンピュータで可能性を網羅的に計算するよりも、パイロットの生体心理と感情反応からヒントを読み取った方が判断が早いのだろう。
 
(あっ! うぎゃ! うわー)
 
 一見は楽なようだが、それでもパトラは回避や攻撃のモーションの度、振り回されて必死だった。声にならない自分自身の絶叫と悲鳴が頭の中でこだましている。
 素っ裸に上着を羽織っているだけなこともあって、素肌に押しつけられるぶ厚いベルトが痛い。挟み込んだ乳房の端が痣にでもなっているかもしれなかったが、それどころではない。舌を噛まないだけで懸命で喋るどころでなく、たとえ言葉を発せても、命がけの殺し合いの最中に「手加減しろ」とは言えない。
 現実は甘くない。
 白馬の騎士かと期待すれば、放浪の白骨巨人のような戦闘殺戮メカがやってきて、救出されるお姫様かと思ったら荒馬の騎手になって決死のロデオ。敗北は、死。
 
 
3
 その頃、すぐ近くのゲリラ村では、虜囚の女たちと一部の少年兵たちによる反乱と銃撃戦が始まっていた。サユキの助けで脱走した州軍閥少尉のマリア・リーが呼びかけて、唐突に殺戮を開始すると、腹を括る者たちが続出したからだ。
 やはり「さっき通信施設で助けを呼んである」の言葉が決定的だったのだろう。どのみちにこのままの破滅の日常で拘束され続ければ、自分たちに未来が真っ暗だということくらいはわかっている。
 
「よーし、殺せるだけぶっ殺して、ぶっ壊して焼き尽くしてやるわ!」
 
 軍属捕虜で一週間くらい特別に虐待され続けたマリア・リー(州軍閥の少尉)は、悪魔的に張り切って悪鬼羅刹のように顔を輝かせている。目が殺意と悪意と憎悪と優越感でギラついている。ほとんど破壊と殺戮のカタルシスに酔っているようだった。
 後方座席で機銃を片方操作しているサユキ・サトー(丸い眼鏡の村娘・二級医師)も、特に異論はなかっただろう。「ラジャー」と可愛らしく慎ましい小声で賛成するが、完全に目が据わっている。
 虜囚村の警備・監視のロボットウォーカーは、侵入して暴れ出した怪物ロボットへの対処で出払って、多くが破壊されて手薄になっている。マリアとサユキの奪ったカンガルーは、五メートルの小型とはいえ機関砲やアーム・ナイフもあるから、生身の兵士ではそうそう対抗出来るものではない(マリア自身の操縦も上手い部類である)。
 
「うわああああああ!」
 
 監視のゲリラ兵士たちがパニックになって半泣きで銃を乱射しても、カンガルーのコックピットは防弾ガラス。逆襲で返礼の機銃掃射を喰らって、焼け焦げた肉片になって飛び散るしかなく、近寄ってもアームの「ナイフ」で切り飛ばされて即死する。踏み潰し蹴散らされて、火薬の硝炎と血と臓物、肉の焦げる臭いが漂う。
 
「くっさい」
 
 ゲリラ村の日常的な臭さとは、また違った異臭と空気だった。
 反乱に立ち上がった女たちが、敵の死体からアサルトライフルや拳銃を奪う。彼女たちにも、村の自警団で銃の撃ち方くらいはよーく心得ている人間が少なくない。それに村の日常生活では、半野性の家畜を仕留めるのもありふれた一コマでしかなかった。
 単純な腕力だけならまだしも、銃や武器やロボットがあれば、必ずしも女だから男より絶対的に不利とは限らない。もう一つはやはり「意志力」も大きな要因だっただろう。
 人数的にもその場の監視よりも優勢なくらいだったし、拉致されて間もない「少年兵」たちの一部も同調して暴れ始めた。彼らは拉致されてきた者が大部分で、ゲリラとしての生活も日が浅いから、心情的には攫われてきた女たちに近いのかもしれなかった。ゲリラに加担してきて多少以上に手を汚した者もいるとはいえ、この反乱に協力することが、許されて救われる道だった。
 
「自由になるんだ! 村へ帰るんだ!」
 
 虜囚の拘束・居住地区は大乱闘の修羅の有様となった。男だろうが女だろうが、若かろうがそうでなかろうが、世の中は「人間の人間に対する戦い」でしかない。
 臆病でおとなしい性質の者たちも感化された群衆心理なのか、銃こそとらずとも手近な棒やショベルなどで、半殺しや丸腰の監視ゲリラを殺し始める。殺戮を免れたのは、常の振る舞いで比較的に恨みを買っていなかったごく一部と、幼い少年兵くらいだった。
 
「お前らじゃなくたって、いい男なんて、代わりはいるんだから! ねえ、男前君!」
 
 女の一人二人が、味方についた少年兵たちに目配せする。皆に笑いが広がる。お互いに立場が似ているだけに、これまでも完全な敵なわけではなかった。

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