2
そのとき、狂ったような奇跡が起こった。
破れた腹から垂れ下がった臓物を押し分けて、一個の雄渾が鎌首をもたげたのだ。断末魔の興奮が男の生命の最後の足掻きに立ち上がったのだった。
「素敵っ!」
セラは有頂天に叫び、今度は縦一文字。
真っ二つになった蛇が破れた水風船のように垂れ下がり、赤い滴りに白濁が混じってボタボタ落ちる。
うっとりとした顔には、エクスタシーすら漂っている。小ぶりな肩や柳のような腰と背筋を震わせてから、ペロリと舌で唇を舐める。愉悦に深いため息を吐く。
「ああ、汚い! 汚くって、みっともない! 嬉しいでしょ? 私にそんなにして貰えて」
大声で笑い叫んで、ケラケラと妖怪じみた笑い声のまま、バケツの水で日本刀を洗う「羅刹少女」。爽やかに振り返って、曰く。
「最後に、みんなからスペシャル・プレゼントがあるんだってさ! 良かったね、パパ!」
見守っていた村人たちが、手に手に手頃な石を玩んでニヤニヤしている。これからどうなるか察知した瀕死の盗賊ゲリラ男は、貧血状態でなお青ざめた。
投石が、始まった。
仕上げはみんなで石打にし、トドメを刺さずに放置するのだ。既にほとんど致命傷だが、全身痣だらけで死を希いながら、荒野のカラスに突かれて息絶えることだろう。
2
そのとき、狂ったような奇跡が起こった。
破れた腹から垂れ下がった臓物を押し分けて、一個の雄渾が鎌首をもたげたのだ。断末魔の興奮が男の生命の最後の足掻きに立ち上がったのだった。
「素敵っ!」
セラは有頂天に叫び、今度は縦一文字。
真っ二つになった蛇が破れた水風船のように垂れ下がり、赤い滴りに白濁が混じってボタボタ落ちる。
うっとりとした顔には、エクスタシーすら漂っている。小ぶりな肩や柳のような腰と背筋を震わせてから、ペロリと舌で唇を舐める。愉悦に深いため息を吐く。
「ああ、汚い! 汚くって、みっともない! 嬉しいでしょ? 私にそんなにして貰えて」
大声で笑い叫んで、ケラケラと妖怪じみた笑い声のまま、バケツの水で日本刀を洗う「羅刹少女」。爽やかに振り返って、曰く。
「最後に、みんなからスペシャル・プレゼントがあるんだってさ! 良かったね、パパ!」
見守っていた村人たちが、手に手に手頃な石を玩んでニヤニヤしている。これからどうなるか察知した瀕死の盗賊ゲリラ男は、貧血状態でなお青ざめた。
投石が、始まった。
仕上げはみんなで石打にし、トドメを刺さずに放置するのだ。既にほとんど致命傷だが、全身痣だらけで死を希いながら、荒野のカラスに突かれて息絶えることだろう。
3
「お兄ちゃん」
近くで待機していた異父兄のレオに、セラは本気の甘えた態度で飛びついた。しばらく落ち着くまで、兄に抱いていてもらうのが常なのだ。
セラの父親は、盗賊ゲリラだ。
母親は、そのとき一緒にいたレオの父親を殺して拉致され、臨月に捨てられて村人たちに保護された。だからセラは育つに連れて、自分の出生の事情を理解すると、「ゲリラの父親が自分を連れて行く」という脅迫観念のような恐怖に苛まれ続けた。
幸い、村人たちは適当に離れて暮らしていて、同世代の子供でも常時に集まっているわけではないために、その方面の違和感やストレスは少なくて済んだ。そして兄のレオは、彼女にとって絶対的な味方だった。
劇的に悪化したのは、パトリシア(パトラ)の一家が農作業中に襲われ殺されて、攫われた数ヶ月前からだ。パトラの一家は両親がいない一時期に幼いレオをあずかっていたこともあって、母親が戻ってセラが生まれたその後も、家族ぐるみの交際が続いていた。
やや年上のパトラは、レオにとっては初恋の相手で、本気で結婚すら考えていた相手でもあった。セラにとっても、本当に親しい友人で憧れや尊敬の想いがあったし、兄と結婚するのを喜んで許せる数少ない女性。いなくなった彼女の運命を思うとき、セラは吐き気がして、体重まで減ったくらいだった。
だから、捕まったゲリラ盗賊の処刑があったときには、狂ったようになって飛び出していき、拳銃の弾を全部撃ち込んだ後、もう絶命している死体を包丁で滅茶苦茶に切り刻んだ(人を殺したのは初めてだった)。駆けつけたレオでさえ止めさせるのに手こずったが、ワンワン泣き叫んで叫び散らし、さながら猛獣のようになっていたのだそうだ。
けれども、覚えているのは。
あのときに兄のレオに、本格的なキスをしたことだけだ。
それ以来、セラは何かが変わった。
5
その夜。
無人になった「処刑リンチ晒し台」では、闇に目を光らせた野犬たちが、晩餐会にはしゃぎ遠吠えていた。
新鮮な臓物をぶちまけた死体は、活け作りのようなものだから。とっくに生きていなかったが、蠅のたかったナマモノを喰らって、ぶら下がった足にもかじりついている。 その無残な有様は、配信されているのだ。
村人たちが親切にも、事前に場所と座標を設定して、まだ稼働している衛星の望遠カメラと通信システムでしばし数日は生中継されている。殺した直後、投石が飛び交っている辺りから村人がハンディカメラで撮影しており、その動画も一緒に。通常の法律が意味をなさないと言うのならば、凡庸で無力な村人たちが合理的行動に走るのは自然の成り行きだっただろう。大昔には凶悪犯が刑務所で保護され、死刑囚ですらリンチを免れたそうだが、全く夢のような話だ。
きっと仲間のゲリラ盗賊たちにも届いたことだろう。「次はお前らだ」「舐めてるのか、殺すぞ」という慎ましくも思いのこもったメッセージが。ゲリラ側も負けずに、日常のレイプや虐殺勝利・豊かな麻薬畑などの動画を配信してしばしば自己アピールする(威嚇と人材リクルート、そして面白半分)。
世の中ではコミュニケーションや人間関係が大切だというけれども、こんな原始的レベルの集団対立の世界でも村人とゲリラ側の心の交流は、こんな形でもたしかに存在したのだった。これが今の世界なのだ。
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