後編「羅刹女と惨酷メカ」
1
晴天の、荒野。
村人たちが特別な事情で集っている。
金色の繊細な色合いのショートヘアをそよ風に震わせて、小柄な少女が「客人」に歩み出る。照れたような興奮したような面差しで、微笑み浮かべて後ろ手に組み、どこか踊るような足取りにスカートを弾ませて。
コバルト色の瞳に、魔法のような歪な光が滲んでいる。病的な脅迫観念のような輝きの視線で見つめながら。
「ぱぁパ」
天使の笑顔に、意地の悪い陰りが揺らめく。そっと差し出された手には、キラキラと冷たく輝くナイフ。まるで花でも差し出すような手つきで、細く白い手指はさながら百合のよう。
まだ十代半ばの彼女は、そんな立ち姿だけで可憐な華になる美少女だった。
「パパ?」
即席の広場の真ん中で、杭の上から両手で吊しあげ立たされた男は、意味がわからずオウム返しする。服は剥ぎ取られ、靴やズボンすらない素っ裸の晒し者(パンツ一枚だけの姿だ)。両足首は晒し台の床板の鉄輪に縛られている。
彼は村人に捕獲された盗賊ゲリラだった。
こうして、捕まえたゲリラにみんなで復讐して、拷問し見せしめになぶり殺しにしてカラスの餌にする。普段からゲリラの襲撃に怯えて暮らし、被害も受けている。彼らには身内や友人知人が犠牲になっている者も少なくなかった。
半分は遊牧のように、適当に住居を移動して生活をしている彼らだが、やはり近隣同士で「村」という仲間集団になっており、必要に応じて寄り合いで集まる。この即席の晒し台の周りには数十人が取り囲んでおり、民間家庭用のロボットウォーカーが十台くらいは居並んでいた。村人側も最低限の護身用とはいえ武装しているのだから、この人数なら「自警団」と呼んで過言ではないだろう。
村の少女セラはニッコリとする。
「そう。ひょっとしたら、あなたが私のパパかもしれないの」
「何を言っているんだ?」
男が目を白黒させる間に、鋭利なナイフの切っ先が、悪戯する指先のように男の裸の胸元に這う。そっと探るように肌に食い込んで、ゆっくりと赤い雫が膨れて、腹にまでタラタラ伝っていく。
男が顔を歪ませ、驚きに目を開く。
セラは興奮したように、吐息を深くし気色ばんで訊ねた。
「痛い? 痛いの?」
何か面白い遊びでもするように、グリグリと切っ先で肉を抉る。女の子の甘えふざけた指使いそのままに。
セラの頬は紅潮して、怒ったような欲情したような、なんとも言えない表情になっていた。年齢不相応に猟奇的な嗜虐性の発露に、男は痛みを一瞬忘れて恐怖に見舞われる。
「い、痛いに決まってるだろ? 止めてくれ」
「痛いの! 良かったぁ!」
残忍な少女は歌うように囀って、いきなり手腕に力を込め、そのまま無造作な無邪気さで、横に振り抜くように切り裂いた。
絶叫と鮮血が迸った。
そのリンチ祭りの会場で、見守っていた群衆たちから、拍手喝采が弾けた。この妖精と見まがう美少女は憎悪と怒りの代表者で、うら若い復讐の女神なのだった。 セラの目はギラギラと、肉食獣の残忍な喜びに瞬くようだった。
「パパ。まだまだだよ?」
「どうしてパパなんだよ?」
怯えた面差しで見つめ返し、抗弁と命乞いの入り混じった声で再び訊ねる男。
するとセラは冷たい態度で、邪悪な苦笑で蔑むように細い身体を揺らした。
「だって」
血の付いたナイフに目を落とし。
「私のパパはゲリラだもの。ママを攫って、私が出来た。だから、あなたがパパかもしれないし、そうじゃなくても同じことだから」
無法者の男は、縛られて身動きできないままの状態も相まって、少女の鬼気に気圧されて呑まれている。蛇に睨まれたカエルのように、魔性の禍々しい小娘の生贄を自覚させられてしまう。
「遊んでくれるでしょ? パパ、頑張って!」
そんなことを言いながら、刺す。
繰り返し刺す。
何度も何度もナイフで刺す。
悲鳴が上がり、足元に赤い水たまりが広がっていく。パンツが濡れだして、腿を小便が伝わっていた。男は哀れな顔で苦痛の声を上げて泣き出しそうになっている。 狂ったような反復運動をしながら、阿修羅の遊びに夢中になって、セラは言った。
「気持ちいい? 気持ちいいでしょ? ねっ、パパぁ!」
まるで酒に酔って上機嫌の夜叉のようだ。
手が返り血で汚れたのを嫌そうに、バケツの水で洗う。そして血を吐いている男を余所に、新しい凶器に手を伸ばす。
スラリと日本刀を抜き放つ。
「ほら、プレゼント!」
横一文字。
これぞ、もっとずっと小さい頃から、練習してきた「居合い切り」だった。恩師は州軍閥の上級士官の一人である「日本鬼士」、鬼の鉄仮面を付けた要塞都市の名物大佐の「武士道とプラトン・セネカの死の哲学」講義と「斬首処刑」講習で習った。
鮮やかな赤い傷口をムクムクと膨らませ、溢れ出るように、臓物がこぼれ出す。赤黒い蛇のようにのたくるとぐろを織りなして広がっていく。温かな湯気と臭気が満ちた。
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