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前編「機械の幽霊は麻薬畑で踊るか?」4

7
「みんな死んじゃえばいいのに」
 
 一糸まとわない素肌に毛布をかけたパトリシア(パトラ)はベッドで膝を抱えて、親指の爪を噛んで毒づいた。さっきまで部屋に来ていた男たちは、彼女たちを脱がせたところで非常招集がかかって出ていった。
 
「ミレーユもそう思うでしょ?」
 
「うーん」
 
 目をキラキラさせたパトリシアに、二十代半ばのミレーユは困った顔で、くすんだブロンドの髪を搔いた。
 相部屋のミレーユは、ここに来てからの友人の一人で年上の姉貴分だった。都市近郊でパン焼きと配達をしていたが、不幸にも配送中に一家皆殺しにされてここに拉致されてきた。このゲリラ村ではパン焼き仕事に回され、案外に気の良い年配のパン焼き親方とは奇妙な愛人関係になっている。手伝いの少年兵たちからも色々と慕われているそうだ。
 パトリシアは鳶色の髪の村娘。二十歳を出るかどうか、まだ少女と言っていい年頃だったが、土間の一点を見据えた眼差しは冷め切っていた。
 およそ二カ月前に拉致されたのは、農作業の最中だった。この世界では半分野生とはいえ粗放な農業や畜産が行われている。それほどキッチリとした畑でこそないにせよ、穀物の種子や根菜類を大地にばら撒いて収穫し、場合によっては簡単な肥料を散布することもある。家畜も半野生動物の放し飼いで放任に近いものの、狩猟と放牧の混ぜ合わせに似た品種のものが放たれていた(大昔の漁業の稚魚放流のようなやり方だ)。
 叔父と知人の少年と一緒に、小型ウォーカーでつつましい生活の糧の作業中に、村娘のパトリシアは攫われた。泣き叫んで「何でもします、私を連れてっていいから殺さないで」と頼んだのに、育て親の叔父は目の前で撃ち殺された。土下座したパトリシアの目の前に血と脳味噌が飛び散ったのだ。流石に少年は一緒に連れていっても殺しはしないかと思ったら、「年齢が大き過ぎてスカウト出来ない」。腹と胸を拳銃で撃たれ、血を吐いて瀕死の少年の見ている前で集団強姦されて処女喪失。
 それ以来、メランコリーとヒステリーが重症になり、ミレーユのお陰でどうにか気が狂わずに済んでいる。男たちの間でも「あいつヤバいんじゃないか?」などと、無責任な陰口や揶揄されているようだ。
 
 
8
 麻薬畑は火の海と修羅場の有様だった。
 
「いったい何なんだ、あいつは!」
 
「戦時中の希少タイプですよ、きっと! 動きとか、絶対エースパイロットとかのデータでしょ? あんなもん、どうしろって!」
 
 とっくにキャンサーが七機も破壊されていた。迂闊に防衛に出たことで、かえって反撃・進撃を誘発したようで、交戦場所は居住エリアに近づいている。より小型の四足戦車やミサイル付きのヘリも動員されているが、いっこうに歯が立たない。
 飛来するミサイルを腕の一振りで払いのけてたたき落としてしまう。密度が高く、それ自体が強力な鈍器のようなものなのかもしれなかった。外装が簡易であるかわり、骨格フレームが強固に出来ているらしい。
 脅威の野良RW(ロボットウォーカー)、つまりカプリコンは胸部の両脇にある銃口を露出させる。
 
「は? 誤動作か? どうせ弾切れじゃ」
 
 戦時中のRWなら、たとえ機銃を積んでいたとしても、しばしば弾が切れている。だが全自動の無人基地で補給している場合もあるために、油断は出来ない。
 悪い予感は的中したようだった。
 予想したより、もっと悪かった。
 連射されたのは小口径のビームで、周りを包囲している戦車やヘリを片っ端から破壊や撃墜していく。まだキャンサーのような中型以上のRWならば幾らか耐えたかもしれないが、小型では一発で中破や戦闘不能になる。
 しかも撃ちまくった熱線がコカ畑に引火して燃え広がり、順当に売れば相当な価値があった商品栽培に大損害を与えていく。
 
「なんだってんだ! 畜生め! 戦車とヘリを下がらせろ! キャンサーも距離をとれ! このままじゃ被害が増えるだけだ!」
 
 ゲリラたちは悲鳴をあげる。兵器だってタダではない。青天の霹靂で、振って湧いた災害のようなものだった。自分たちの悪行ビジネスを棚上げして、被害と今後の対処に理不尽な不安を抱く。
 カプリコンが熱線レーザーをさらに一連射する。今度は明らかに、コカ栽培の麻薬畑を狙って燃やしている。どうやら「有害物質」とでも思っているのだろう。
 報告を受けたこのゲリラ村の指揮者たちは、近隣のより大きな拠点から緊急応援を呼ぶことに決めた。不本意で不面目、しかも出動費の謝礼もかかるが、このままではどうにもならなかった。

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