5
畑の方からの爆発音で、ゲリラの男は薄汚れた無精ヒゲの顔を振り向けた。
しばし唖然として、何事かと考える。
そんなとき、すぐ近くに気配を感じた。
丸い眼鏡、小柄な白衣の娘。二級医師のサユキ・サトーだった。鞄をぶら下げている。
「こんばんは」
ややおずおずと、はにかむような笑顔が可憐だった。まだ二十歳前半で、清楚な甘酸っぱさと初々しさを漂わせ、童顔であることも手伝ってまだ十代の美少女と見まがう。
つい三週間くらい前に、村の近くで狩猟部隊が拉致してきた極上の獲物。見た目や女として以上に、州軍閥の都市で教育を受けた「二級医師」であるのが決定的な価値だった。往診中の彼女を捕まえた連中は手柄で階級が上がったくらいなのだ。
「やあ、サユキ先生」
少しホッとした顔で、好色そうな照れたような表情が浮かんでしまうのは男の性だ。
彼らにとって、拉致した女は労働力であるのみならず、共有物の玩具になっている。しかし何事も例外はあって、このサユキの場合は医学の専門家という価値のために、特別扱いで一般兵士たちには手が出せない。
事故防止とランクのため基本的に将校たち専用で、至極に丁重に扱われて、傷つけるようなことは許されない。懐柔して永住させる方向でもあり、将校たちの共有の「妻」として子供を産ませる予定になっている。次世代の生え抜きの指揮官は、母親の知能を受け継いで優秀かもしれない。
ゲリラたちにとって、決められた妻を持つことや、自分たち自身の子供を育てることは「究極の贅沢」だ。非効率であるだけでなく、人間性に目覚めて不和や脱走の原因になるため、一定ランク以上の将校や下士官たち以外には許されない。それですら「共有」である場合がほとんどなのだった。
「どこへ? 今は騒ぎだが、呼び出しかい?」
これから夜のお相手だろう。一抹の嫉妬と悪戯心からニヤリとする。この娘のことは嫌いでないし、からかってやりたくもなる。
サユキは目を逸らし、少し頬を赤らめたようだった。毎晩のように三人四人で犯されているはずなのだが、日が浅く扱いも丁重で、相手も十人くらいに固定されているせいなのか、恥じらう感覚も残っているらしい。
「その、えっと」
「今晩は何人?」
「からかわないで下さい!」
幼さが残るような怒り方でプンとする。
そして居直るように白衣の前を開く。
サユキは全裸だった。釣り鐘のような小ぶりな乳房と肌が、水銀灯に怪しく浮かび上がる。腰回りから臍の凹みから下腹へのラインが青白い悩ましさで、淡い繁みと両脚に流れ落ちている。
目を伏せたままで、怒ったような口調で。
「あの人たち、変態です! こんな格好で来いだなんて! いっつも変な命令とか」
「ほお!」
目を丸くして生唾を飲んだとき、背後から激痛を感じた。
錆びた包丁が腎臓を狙って突き刺さっている。悲鳴を上げようとした口を、汗と垢じみた女の手が塞ぐ。流れるようなモーションで喉と声帯を切られ、口をパクパクさせながら倒れ込んだ。
追撃で、拳固が二三発ほど降り注いだ。
「ハロー! 元気?」
知っている女だった。日々に殴られて腫れ上がり、やつれた顔に、凄惨な微笑を浮かべている。元はスポーティーな美女だったのだが、捕獲されて一週間くらいの虐待で衰弱していたはず。怒りのパワーは凄まじい。敵の士官であるために目の敵にされて、苦痛と恥辱を極める一週間で羅刹の決意なのだ。
マリア・リー。州軍閥の女少尉だった。
こちらはシャツとパンツだけは身につけていたが、大きく開いた襟ぐりからは、煙草を押しつけられた火傷の跡、あふれるような乳房が覗いている。サイズが小さくて合わないためにピチピチになって全身の肉感が強調されていたが、死にゆく男には最後の眼福だっただろうか。
「サユキちゃん、ナイス」
切れて血の跡が残る唇で、マリア・リーは満面の笑み。倒したゲリラ兵士からライフルと弾薬を奪い、サユキも「どうも、失礼」と言葉と態度は丁寧ながらも、涼しい顔で拳銃を奪う。目元に悪魔的な微笑が宿っている。 どうやら二人の女はグルだったのだ。実は元から友人であったらしく、何食わぬ顔で「医師としての使命」で「親切心からの手当て」しながら、チャンスを待っての脱走を示し合わせていたらしい。
だいたいサユキにしたところで、マリアほど完膚なきまでに絶望的な立場でこそなくても「解放される可能性がほぼゼロ」という意味では普通の虜囚の女たちより悪い状況。そんなときに友人の味方戦闘員が捕獲されてきたとしたら、助けて一緒に脱走することを考えて当然の成り行きだっただろう。
6
ものの十分もしないうちに、ゲリラ村は混乱に陥っていた。謎のロボットウォーカー迎撃と撃退に向かったキャンサー三機が、返り討ちにあって破壊されたらしい。
「だから言ったでしょ? そんな簡単に勝てるわけがないって。特徴聞いたときに、思ったのよ。戦時中に最強クラスだった「カプリコン」だって。昔にデータで見たことあるの」
粗末な建物の陰に身を潜めながら、マリアはニンマリ笑った。
マリア・リーは出来るだけ顔を隠して、ライフルを背中に隠すようにしている。捕まっているはずの彼女が自由に歩き回っているのは不自然だからだ。
幸いに「医者」である白衣のサユキが一緒にいるから、少しくらい見られても、手当てや通りがかりの往診くらいに思われるだろう。いざとなればまたサユキが気を引いて不意打ちする手もあるだろう。
しかし、監禁場所からの脱走が気づかれるのは時間の問題だった。牢屋が空っぽになっていれば、どんな杜撰なアホでもおかしいと感じるはずだ。歩哨をコカの麻薬入りの酒でノックアウトして、わざとメモ書きで「バカ女は特別調教中」などと残しても、それでどこまで騙せるかは疑わしい。
急ぐ必要があった。
おそらくこれから混乱がピークになって警戒が緩んでいる間に。
「通信施設だよ。どうせカプリコンと戦うなら、そっちに強いウォーカーを使うしかないし、周囲警戒や警備も緩むだろうし。近くの州軍閥の部隊が今奇襲すれば」
強引に森林地帯を二人だけで脱出する選択肢もあったが、徒歩では厳しい。トラップもある上に歩哨もいるし、距離もある。たとえ小型ウォーカーを奪ったとしても、位置確認の発信器が付いているから、逃走中に気づかれてかえって追跡されるのが関の山。
ゲリラの残忍で冷酷な性質からして、脱走を試みて捕まれば、サユキですら無事では済まないだろう。
いつか、「もし逃げたら、鼻を削ぐのと、オッパイに刺青するのとどっちがいい? それとも足を切り落とそうか?」、睦言で尻を叩かれ輪姦されながら囁かれた言葉が甦ってきて、サユキは肌が粟立つようだった。あながち冗談ではないのは明らかで、無法者の男たちは笑っていたが、サユキ本人にとっては笑い事でない。それにマリア・リーに至っては、捕まれば確実に八つ裂き・なぶり殺しにされるだろう。「他の子と逃げたら、その子の死体を全部食べさせる」とも言っていた。
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