3
もう空には青い闇が流れて、思い出された星々がまどろみながら瞬きはじめていた。遠景を囲む山々の陰ったシルエットで、暮れなずむ稜線には、淡い残り火のような赤とオレンジの光が薄れていく。
白い月の光が照らしだした、青白い骸骨のような巨人。それは細長い手足でノッポの、珍しいタイプだった。一口に表現すれば、大昔のおとぎ話の「がしゃ髑髏」や「スレンダーマン」に似ていたかもしれない。
ただ、サイズが並外れていた。
ロボットウォーカー(RW)としても、細身であることを別にして、単純な身長だけならば長身の部類だろう。およそ全長二十メートル。州軍閥に配備されたガバナー(「統治者」の名を持つRW)ですら十五メートル。二足歩行重機のコンセプトを絵に描いたような、大昔の絵本のクレーンのような、長い手足。そして立ち姿は人間によく似ていた。
駆けつけた、ゲリラ村側のキャンサーが三台ほど、遠巻きに様子を窺っている。箱型のコックピットと駆動部に、メインの前と補助の後足、それからアームとサブアームがそれぞれ一対ずつで合計八本の手足。形が「カニ」にそっくりで、体高はおよそ十メートル。
巨大な機械のカニ、不格好ながらコストや使い勝手が良いこともあって普及しているが、それでもこんな場末の盗賊ゲリラ拠点では貴重な戦力だ。
「あの高さで、真っ直ぐ立っている?」
キャンサーの鉄板と分厚い防弾ガラスのコックピットで操縦者たちが、驚き交じりの無線通話を交わす。言葉の端々に畏怖の響きがあった。
「戦時中の技術ってのは、凄いのがあったんですね? よっぽどオートバランス・システムが優秀じゃなかったら、あんなふうに立ってられやしませんよ」
野良ウォーカーだって、せいぜいガバナーの十五メートルやキャンサーの十メートルと同等くらいが関の山なのだから。
それに。
野良ウォーカーには幽霊だの、超自然の意志力だのが宿るという迷信がある。この時代、この世界の子供たちなら「悪い子は野良ウォーカーに」という脅し文句を聞いて育つ。ゲリラだって、多くは村の子供だった。
だから、本能的に怯えがくる。普通のロボットウォーカーではなく、こんな「ちょっと普通でない代物」を前にしては。
まばらな星空の下で。
それでもゲリラたちはリアリストだった。
「あの細さ。撃っちまえば、そんなに強度があると思うか? あんなノッポ、ちょっと足を払ってやればひっくり返るさ」
野良ウォーカーへの対処法は、荒野で出会った場合にはやり過ごすこと。多くの自立稼働しているウォーカーは過去の戦時中の行動パターンを人工知能が模倣し、あるいは戦闘・警戒プログラムで動いている。これは無人基地のコンピュータの製造ラインで追加製造されたものにも、コピーという形で移植されている。
あえて「野良」「野性」などと呼ばれてはいるものの、野生化した無人基地や歩行ロボット、戦時中のコンピュータたちは勝手に「戦争」や領域内の「治安維持と哨戒」を続けている。まだ自動で稼働している無人基地では、無人の野良ウォーカーの新規製造まで行われているらしい。機械たちからすれば「今の人間の方こそ落伍者」で、現在はかつては使役していた人間たちの方が「機械たちが自由意志で行う戦争」に巻き込まれている格好だ。
だから人間は、かつての原始哺乳類が恐竜に怯えて隠れ潜んだように、原始人たちが野獣を避けて生き延びたように生活している。
もしも生活拠点などに接近してきた場合にでも、やり過ごすか、または撃退が第一となる。戦時中のロボットウォーカー(RW)は現在の一般的なものより戦闘能力で勝る場合が多い(州軍閥のガバナーですらせいぜい同等性能だが、戦時中に学習を積んだ人工知能があるだけに、しばしば強敵となる)。しかも強力な「自爆装置」を備えていたり、無人基地の電子ネットワークと連携して上空の衛星から強烈なレーザー攻撃してくることすらある(最悪は周囲一帯が焼け野原になる)。それゆえに「丸ごと捕獲」はかえってハイリスクというのが通念なのだった。
やるなら撃退か、速攻での完全破壊しかないだろう。
「また「雷」とか「爆発」とか、御免だぜ?」
「コカ(麻薬)の畑だし、自爆されようがレーザーで燃やされてもしょうがないさ。こいつをぶっ壊して部品だけでも取れればいい」
リスクが伴うとはいえ、野良ウォーカーを破壊して、高品質な資材や部品を手に入れることは、高度な戦略・軍事物資が不足しがちなゲリラにとってはやはり魅力的だろう。
一呼吸置いて、三機のキャンサーの指揮官機体から号令が発せらせた。
「仕掛けるぞ! ファイヤー!」
そしてキャンサーの頭上の火砲が轟音を続発させながら火を吹いた。さながら闇空に凶暴の咆哮を挙げるが如くに。
4
四足の歩行戦車キャンサーからの砲撃が赤い炎を噴き上げ、「ノッポの幽霊巨人」を襲う。二発は胴体に直撃し、もう一発は左足の腿の付け根あたりに着弾する。 しかし。
倍の身長の機械仕掛けのスレンダーマンは別段にたじろぐ様子もなかった。
当たりの音色からして、樹脂のようなクッションカバーが全体を覆っていて、それでショックを和らげて受け流されてしまったものらしい(州軍閥のRW・ガバナーなどの、歪んだ球形に似た胴体と同じように)。とはいえ、胴体そのものも太っていない。しかも一発はたいして太くもない脚部に命中したのだから、多少なりともダメージがあれば、この二十メートルもの身長を支えていられるわけがない。骨格フレームそのものが高度な剛性や耐弾性を備えているとしか思われなかった。
「旧式のポンコツじゃないのか?」
てっきり、年月で外部装甲が剥がれ落ちているのだとばかり思っていた。骨格フレームにダイレクトに当たれば、それだけでダメージになる口径の砲撃のはずなのに。これでも徹甲弾で、ガバナーでも手足のいいところに垂直角度で当たれば、上手くすれば一発で損傷する。
もしかしたら材質の金属からして違うのかもしれない。それに細い円形の手足や胴回りは、構造的にも射撃を受け流しやすいのか。
その、首なし巨人はこちらを見る。
正確には、頭部が首にめり込んだ格好になっている。そこに怪物の目玉のような一対のカメラレンズと、どうやら本来は人間のパイロットがいるべきコックピットがあるらしかった。そうとわかるのは、流線形のガラス張りになっているらしいことが、月光の反射で察せられたから。
動き出した巨人は足が速かった。手足が長いということは、その分だけリーチや歩幅が有利になる。歩み寄るその両腕には、さっきまで折り畳まれていた大型のナイフが、さながら魔物の爪のように広がっている。
「ひい!」
間近に狙われたキャンサーが、慌てて第二射目を放つ。
だが、今度は当たらない。
長い足で動き回れば、狙いの的が大きくブレる。おまけに本体のボディーや腕なども太さがないのだから、強風で揺れ踊る葦の穂先に小石をぶつけるようなもの。 他の二機のキャンサーも砲撃し、第三射がはずれてしまう。
とっくに死の間合いに入っていた。
至近距離で、蹴り上げられたのだ。足先の鋼鉄のスパイクが、鉄板を撃ち抜いて箱型の胴体を軋ませる。コックピットの分厚い防弾ガラスに縦一文字の亀裂が走る。 襲われたキャンサーの操縦席、衝撃で脳振盪のようになって、最後に見た光景。白い骨のような巨人が押し迫り、死神のように大きなナイフを振り上げていた。
鋼鉄の刃物が、まるでバターを切るように、金属装甲の躯体を切り裂いていた。残酷な一閃はコックピットを通過して哀れなパイロットを潰し裂いて、カニミソのように撒き散らす。二刀目は突き込むように貫通させ、座席の背後の駆動源まで達する。ナイフを引き抜けば、もう人間ではなく血肉のミンチで引きずり出され、砕けた頭の断片と臓物の切れっ端が滴り落ちる。
「うわああああああ!」
恐慌をきたした残り二台のキャンサーが、操縦士の絶叫と共に銃を乱射する。砲撃だけでなく、車輌や人間用の機銃まで、効果の有無に関わらず。パニックだった。 破壊されたキャンサーのコックピットでは、生き残りのもう一人が潰れた手足に朦朧としながら(身体の一部までやられて致命傷だったがまだ生きていた)、浮遊感を覚える。窓があった前面の切り裂かれた光景が、動いていく。重量の方向が変になって、血を吐き出すと前方向に落ちる。
ノッポの巨人が、とっくに引火しかかって火を噴いている半壊の機械ガニを両腕で担ぎ上げ、銃撃の盾がわりにしていた。倍近いサイズの差があったが、この細い手足にしては凄まじいパワーだった。しかも、担ぐようにしてそのまま投げ飛ばす。
虚空に爆発しながら飛来する、大岩のような金属の残骸。思いもよらない飛距離で、もう一機に激突する。ひしゃげて歪むコックピットで大きく目を見開く間に、大爆発で炎を浴びる。背後から熱波を感じたのは、誘爆のせいだったのか。消し炭になって散り失せた彼らには、どのみち関係ないだろう。
大爆発の閃光で、一瞬だけ周囲が昼のように明るくなる。火災になったコカ畑が麻薬の毒煙を巻き上げながら、メラメラと地獄のような赤い炎に燃え上がっていく。
照らし出された巨体は怪物か、死の制裁を司る恐ろしい復讐天使のようだった。
最後の一機が後じさりして逃げようとするところへ、何かが投げつけられる。さっきの犠牲の千切れ腕。命中のショックで気をとられたところへ、あの巨人が見えなくなる。数瞬間で接近を悟ったときには、大きな巨人のナイフが天井を貫いて落ちてきていた。
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