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前編「機械の幽霊は麻薬畑で踊るか?」1

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 黄昏れていく麻薬大農園の橙色の闇に、往古の鉄塔のような影が落ち伸びる。それは二本足で直立し、彷徨える巨人の亡霊のように歩行していた。 過去の戦争中の「亡霊」なのだった。
 AIを搭載した、軍用の二足(または多足)歩行重機たち、ロボットウォーカー(RW)。 彼らは世界が滅んで戦争が終わっても、空っぽの操縦席を抱き、もうノイズしか聞こえない命令無線に耳を澄まして、彼らの止まった時間の中を歩き続けているのだった。終末戦争の果てに残された機械仕掛けの幽霊たちだ。その人工知能コンピュータには、魂があるとも、過去の人々の思念が宿っているとも言われている。
 人口と力を失った人々にとっては、それは半ばどうしようもない、新しい野性の猛獣のようなものだった。すでに文明や技術水準の低下した世界の戦力では、歩き回る戦時中RW(ロボットウォーカー)も、無人になってなお勝手に稼働し続ける軍事基地も、どうしてもない「自然環境」の一部でしかない(地熱や太陽光発電がエネルギー源らしいが)。何より、人間同士が争いあっているのだから、いかんともし難い。
 たとえば、この場所も盗賊ゲリラたちの統治エリアなのだ。
 終わった世界の生存者たちの中でも、悪辣でポピュラーなタイプ。彼らは村を襲って収奪を繰り返し、女や子供も攫う。旧軍の残存者たちも、複数の盗賊・ゲリラの無法地帯と州軍閥政府の連合側に分かれてモザイクの地図のように入り混じり、対立が続いている。
 
 
2
 ゲリラ村に、警報が鳴り響いた。「敵襲?」
 
「野良のウォーカーみたいよ?」
 
 麻薬畑の農作業から戻ったばかりの女や若い娘たちが、粗末な長屋の居住場所で、建物の間の露天通路にヒソヒソと話し交わす。
 
「ウォーカー?」
 
 娘の一人が、にわかに輝かせた顔を曇らせた。そして泣きそうな顔になって、とりすがるような声音で確認する。
 
「本当に野良のウォーカーなの? 普通だったら、こんなところまで入ってこれないよ! だって、警備のウォーカーもいるんだし」
 
 落胆と希望の入り混じった、かなり複雑な表情だった。
 ゲリラや州軍閥も「ウォーカー」を保有し運用している。拠点は野良ウォーカーの徘徊する地域を避けているし、万一に迷い込んで来ても、単独自律行動の多い野良なら数でどうにか撃退出来ることが多い。
 そういう意味では、こんな場所にまで侵入してくることは奇異なのだ。この手の誘拐労働力を使った生産エリアは通常、脱走や外部からの救出を妨げるために、統治支配エリアのできるだけ内部に立地しているから。
 
「ひょっとして、州軍閥の救助の先鋒とか」
 
 そのとき、銃声が響いた。
 汚れた軍服のゲリラの兵士たちが、上空に威嚇射撃して怒鳴っている。
 
「小屋に入れ!」
 
 手近にいた娘の一人を、もう一人の兵士が殴り飛ばしている。髪を掴んで、横っ面を見せしめのように張り飛ばし、鼻血を流して顔を庇うのを蹴り倒した。
 
「早く小屋に戻るんだ! ハウス、ビッチ! 妙なことは考えるなよ!」
 
 まるで犬に命令するような口ぶりだった。
 威嚇と暴力で追い立てるようにして、居住兼「慰安所」の小屋に押し込んでいく。娘たちは逆らわず、我先にと指図に従った。それだけがここで生き延びるための処世の知恵。
 彼女たちは、村から攫われてきた労働力で慰み者。盗賊ゲリラたちからしたら、それなしには成り立たない「資源」や「耐久消費財」なのだから、襲撃・拉致での獲得や脱走防止にも熱心で必死なのだった。
 発信器首輪付きの「家畜」。
 そんな彼女たちにも「希望」はあった。それは「妊娠すれば解放されることが多い」ということ。後期の妊婦は作業をさせるにも不都合である上に、赤ん坊をゼロから育てるのは手間がかかる。構成員の補充であれば、十歳くらいの子供を「スカウト」で拉致してきた方がまだ手っ取り早い。それに、あまりにも村人を殺したり拉致すれば「狩猟対象の作物」が壊滅してしまうし、ゲリラ盗賊の「収奪型ライフスタイル」は人数が無駄に増えすぎれば不都合なのだ。だから、妊婦は「解放」として外部に捨てられることが少なくない。

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