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サーシャの穏やかな日(後) ※旧作(第一部)完

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 それで嬉しいことであると共に困ったことにもなった。サーシャの立場からして、一般的な人間と話が噛み合う訳もないし、あまりベラベラと話すわけにもいかない(たとえ説明しても理解不能な世界だった)。
 それでも公園で缶ジュースを飲みながら話をしたところでは、どうやらサーシャの試合の映像を見たのだという。なんでもその女の子は一時期パンクラチオンに手を出したことがあり、狂ったルール変更で参加してきたオカマの選手から半殺しにされて引退したのだとか。そいつを完全破壊したのがサーシャなわけで、感謝や尊敬の目で見られた。
 二人は大学に入ったばかりなののだとか。何年まで在籍するかはまだ決めていないそうだが、忙しい日々を送っているらしい。
 
「私って、親父がロシアのハーフだから、軍隊とか警察には入れないわけよ。友好国とは言っても同盟国じゃなくって、警戒対象だから」
 
 かつて旧民主党の韓国系などによる反日傀儡政権の時代に、公務員の国籍条項が破壊されたことがあり、そのせいで官庁などが帰化人やらのスパイだらけになったことがあったらしい。
 サーシャからすれば、出自や血筋の難しさを逃れられない難しさはある。彼女は混血とはいえ一応はれっきとした日本人だけれども、万が一に(不幸にも)日本とロシアと武力衝突や交戦するような事態になった場合に、片親の同胞を積極的に殺したいだろうか? たとえ日本への悪意や裏切る意思がなかったとしても、苦悩して足を引っ張るのは目に見えているだろう。
 カズヤは申し訳なさげに励ますように言った。
 
「大変なんだね」
「でもないよ。こういうのって、安全考えたら国籍制限も仕方がないけど、普通に生きてる分には混血の日本人でそんなには扱い酷くないし」
 
 カズヤの心遣いには感謝はしつつも、あまり深入りするのが良いこととは思えない。二人は彼女とは住む世界が違うのだから。
 少し話した別れ際に、かえって羨望すら感じて僅かに胸が痛む。どこか微笑ましいほろ苦い感じ。
 
(もしも僕が普通の女の子だったら、あの子とカズヤを取り合いになっていたのかも)
 
 実を言えばサーシャは、スパイだと疑われたりもしていたようだ。今でも完全に疑いは晴れていないだろうし、多少の警戒や監視観察くらいはされていてもおかしくはない。
 ただしあからさまな悪意で日本の国や社会へに裏切りやよほどの悪さをやらない限り、少なくとも「国民として」は守って貰える。アウトローであるから一筋縄ではいかないし、普通の一般人とはやや異なってはいるものの、それでもサーシャからすれば、裏社会の一番最悪な連中よりは警察や自衛隊の方がまだ信用できる事情がある。
 ハードゲームを運営している連中は、サーシャなどのマイルド派からすれば「人間ではない」ような奴も多いのだ。コロッセオゲームの運営側は複数の組織や集団の連合体だから、一枚岩でないし対立や抗争も絶えないのだ。
 
 
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 あいにくサーシャは水着を着ると、細いながらも筋肉体質マッチョが明白になる苦悩がある。誰がどう見てもスポーツ選手か何か、普通の女の子でないことが一目瞭然になってしまう。
 まだリングの上ならそれもありなのだろうが(ノリノリでメンタリティからして違っている)、日常生活では「着たくない服装」ナンバーワンの部類だろう。
 だから普段は色気のないジャージやら、スラックスズボンなどの男性みたいな格好でも過ごしていることが多い。それで「ボーイッシュ」だの「スポーティー」だのの方向性で、どうにか誤魔化している。幸いにも容姿やスタイルは悪くないため、彼女としては辛うじて死守すべき防衛線みたいなものがそこにある。
 
 しかし恐れていた事が起こってしまった。
 カズヤとミサキから「お誘い」があったのだ。
 しかも屋内プールとか。人数制限のサービスデーでチケットが予約で当たったらしく、それ一枚で三人まで入場OKらしい。
 
(あーうー、どうしよう?)
 
 たまたま町で会ったときに、誘われてしまったのだ。
 しかもミサキの目が鋭かった気がする(あれは気づいている目だったのか?)。サーシャとしては後ろめたいところもあるため、なんだかミサキに押し切られてついに断れなかった。ましてやカズヤがいるから、なおさら流された。
 物事に後悔は先に立たないが、断ったら断ったで別の後悔をしたかもしれないから複雑だった。
 
 
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 苦し紛れに、柄の入った競泳水着風の被服部分が大きいものを選んだ(無地だと筋肉模様がダイレクトに出る)。さらに腰周りにスカートのようなパレオを巻く。
 
(おし、これで万全!)
 
 洗面台の鏡の前で気合いを入れるが、ちゃんと普通っぽい女の子に見える。それが一番に嬉しい。
 
 
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 どうやらミサキは、サーシャとカズヤのことに気がついていたらしい。問い質して白状させたらしいがさほど怒ってもいないようだった。
 
「他の子だったら嫌だけど、サーシャはちょっと別」
 
 ミサキからすればサーシャ個人への尊敬や好意の気持ちもあるらしく、それにサーシャの裏の特殊事情や苦悩のことも多少は聞き及んでいるようだった。
 そんなことを言いながら、身体をペチペチ触られるので、同性ながら気恥ずかしい。これは新手のセクハラなのか?
 
「カズヤが言ってたの。イロイロ凄いって、わかる気がする」
 
 そんな風に言われると、サーシャは少し悲しいような悔しいような気持ちにもなる。けれどもミサキは別段に悪意で揶揄しているようでもない。
 どこか憧れるような目だった。
 
(あれ?)
 
 そのときサーシャはミサキからキスされてしまっていた。狐につままれたようなサーシャに、ミサキは照れ笑いして「内緒」と指を立ててウインクまでするのだった。

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