「これだよ! 俺が言った「狂った奴だけが勝ち残る」ってのは。あいつ、明らかに面白がってやってるからな。「好きこそものの上手」で、生ぬるいお上品な日本人としては屈指の逸材だよ。
奴は見事に人間の根幹の本質を解放しきっている。サディズムだの猟奇的だの大げさに言うが「他者を傷つけ痛めつけて喜ぶ」のは人間の本能だよ。どこかしらでそういう性格でなかったら生存闘争に生き残れない。
単に勇敢なだけのお前との違いがこれなのさ。旧日本軍が負けた理由の一つがそれで、南京大虐殺をやらなかったから負けた。むしろ中国人が現地の日本人を虐殺した通州事件を見習うべきだったんだ。わかるか?」
他人への誠実さや愛情にこそ喜びや生きる価値があるはずなのに、そういう優しい人間は狂った凶悪で卑劣な人間に勝てない(人面獣心みたいな連中も少なくないだろう)。それこそが理不尽で不条理極まりない話だった。
3
無駄とは感じながらも、サーシャは言わずにいられなかった。
「瀬戸は、ユキちゃんが悲しむとか思わないわけ?」
「どうでもいい、そんなこと」
「そう」
今のコイツの狂気じみた目を見ていると「暴力と凶悪に染まって気が狂った人間の末路」を見るようで、暗い気分になる。
しかし彼自身にはこれが「進歩や成長の結果」で「新しいハイレベルな正気」なのかもしれないし、そのことが彼女には一番に恐ろしい。たぶんボクサーが鼻の毛細血管を焼くとか、シェパード犬の断尾とか、そういうのに近い感覚なのかもしれない。心の不要な部分を「合理的」に、自分で脳をロボトミー手術するみたいに廃棄してしまうのだ。
こんなふうになってしまったら、いっそ楽で都合が良いのかもしれなかった。けれどもこんなふうにはなりたくない。
サーシャは自分自身のことを考えて、はたして自分がこの優秀な狂人とどれくらい違うのかと不安にならずにいられない。
「あなたがユキちゃんといたときには、私はずっと「素敵だな」って思ってた。でも、今はあなたのことが嫌いだ」
「へー、そう? 普通の女の子みたいなこと言うなんて、君みたいな天才ちゃんが、意外だね」
こんな風に茶化されると睨み返さずにはいられない。凶悪な今の瀬戸(ついさっき二人虐殺レイプしたばかり)を相手にそんな態度を平気でとれるのも、拮抗しうる高い戦闘能力のお陰ではあるのだが(おそらく瀬戸となら暴力で争って、はたして勝てるかどうかは五分五分でも、二三発くらい殴りつけて逃げるくらいは十分に可能だろう)。
たしかにサーシャは身体の特異体質という意味では超人で、普通ではない(ぱっと見こそは目立たないが「筋肉超生物」で「先天的兵器」の領域で、生まれつきの「捕食者」向けの才能といえる)。しかし好んでこんな風に生まれたのではないし、心やメンタルが鋼鉄で出来ているわけでもない。天才だって楽じゃないし、普通ではあり得ない苦悩がないでもない。
瀬戸は切り返して言った。
「じゃあ、ユキと寄りを戻せとでも? それこそ無茶で無責任じゃないのか?」
「それはそうだけどさ」
「結局さ、君が勝手に自分のファンタジーなイメージやロマンを押しつけてるだけだろ? 俺はこれからハードゲームの幹部連中から祝いの晩餐会があるんだ、もういいだろ? これまで食べたことがないから結構楽しみにしてるんだ」
「晩餐会?」
その言葉でサーシャは目を見開く。理解と同時に戦慄と怖気が背筋を走った。瀬戸はこれからハードの連中のところへ一緒に人肉料理を食べに行くのだ。
「本気? そんなこと」
「それが新しい可能性を開いてくれる。これは俺には希望の光で救いなんだよ。キリスト教徒の聖体拝領じゃあないけどな、ミラクルな何かになれる」
「そんなことしたって、何も変わるわけないよ!」
ついサーシャは声を荒げてしまう。明らかに瀬戸は、普通の人間のメンタリティを超えることを目指している。「鬼畜」という名の超人になることに救いを見いだしているとでも言うのか?
すると瀬戸は暗く鋭い目線で言って、通る道から彼女を押しのけるのだった。
「脳天気な天才に凡人の苦悩がわかるわけがない。こんな歪みまくって狂ったこんな世の中で「まともで普通」に生きてる奴らの方がおかしいんだ。君だって一番わかってるだろうに、馬鹿なのか?」
サーシャは遠ざかる瀬戸に後ろから言った。我知らず声音がヒステリックに跳ね上がっていた。
「あんたなんか、大嫌いだ!」
つい勢いでアカンベーまでしてしまう。
およそサーシャからすれば「自分には普通の女の子みたいな考え方をする権利すらないのか?」と、それこそ人格や感性や在り方を全否定された気分だった。
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