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久しぶりに会った、面識のある参加者のユキはポニーテールを揺らして瞳に決意を瞬かせていた。
「次はさ、絶対に勝ちたいんだ。なんてったって、最後のゲームなんだし」
サ-シャにまるでチームのマネージャーにでも接するかのような態度で話すのは、奇妙な信頼感ゆえなのか。
「そうなんだ」
「うん」
ベンチでレモンティーの紙コップを片手に伏目がちな視線の中に、これまでの様々な思いが去来しているらしかった。既に七ゲームをこなし、四回勝利して二回強姦され、別に代理を申し出た観戦固定客の一人と愛人関係を結んだこともある(これは代理や協力者として戦うことが基本必須条件で、違反した男性固定会員には制裁やペナルティが科せられる)。ともあれユキは最初のゲームからは一ヶ月以上が過ぎていた。
サ-シャとしてはこういう参加者たちとのやり取りで、妙に自分の仕事の意義を実感して満足を味わうことも多い。
コロッセオ(初期グループなどのマイルド派の場合)のゲームはこの手のデスゲームに近い違法アングラ運営としては特殊で、実際にはかなり良心的にバランスが配慮されている面がある。何しろ元が女子格闘技の運営団体なのだから、根本的な部分での競技やショービジネス興行の考え方が根強く残っているのか。
たとえば何かしらの不幸で数百万円の負債を抱えたり、どうしてもすぐにお金が必要な女性からすれば、負傷やレイプのリスクはあれどもコロッセオのゲームへの参加は魅力的だろう。何ゲームもやればまず「無事では済まない」とはいえ、何ヶ月も何年もの人生を浪費して不特定多数にはした金で身体を売ったりするよりは格段に割が良いだろうから。
そもそも偏向ルールでバランスが「ゲームとして成り立つように」調整されていることもあって、運の要素もあるにせよ、頑張れば全敗までする可能性は低い。しかも一ゲームあたりでの期待できる儲けの額も格段に大きい(大きければ三ゲーム一セットで五百万を超える報酬がある)。たとえ負けても三ゲーム(つまり単発参加でないミニマムな一セット)では十数万が(勝敗と関係なく)個人経費として支払われるし、ゲームでの健闘次第では別途に視聴客からのチップが入る場合も少なくない(さらには終了後の愛人契約や就職スカウトなど機会もある)。
おそらく本人のプライドや面目もいくらかは守れるだろうし、将来の恋人や結婚相手にも「不幸で特異な瀬戸際体験」として受け入れられやすいかもしれない。キャバクラの奴隷や売春風俗に身売りされるよりは「救済措置のラッキーゲーム」に近いわけで、一見は暴力的でありながら実際はかえってマシなのかもしれなかった(世の中には逆に「表面上と建前だけは妥当に見えるような暴力と理不尽」が溢れている)。
「それでね」
ユキはサーシャの目と顔を見て切り出した。
「あなたに私のラストゲームの内容を決めて欲しいの。もしあなたのアドバイスがなかったら、私、ここまでこれなかったもの」
「何かしたっけ?」
「パンチとか。人の殴り方の基本、教えてくれたでしょ? 人を拳骨で殴った事なんかなかったから、もし教えて貰ってなかったら切り抜けられなかった」
そんなこともあった。たしか投げ技も一つ二つくらい教えたっけ? それにしても、サーシャとしてはこうしてお願いされるのも悪い気分ではない。
「公正さの問題があるから一人では勝手に決められないけど、他の立案担当専門の人と話してみる」
「そうなの? できたら、瀬戸さんも参加できたら良いかも。でもそれだと難易度上がっちゃうかもだし、本人の都合もあるか」
「あんまりオススメはしないよ」
サーシャは言葉を濁して、やんわりと嗜める。
あの瀬戸という男はユキの代理として戦って今一応は彼女と「愛人関係」ということになっている。しかしユキからすれば凶悪で異常な対戦者から救ってくれた「白馬の騎士」に思えたかもしれないが、瀬戸からすれば「殺したい奴を殺すためにユキを機会利用した」だけでしかない(そのためにわざわざ危険なハードゲームなんかをやったのだ)。
あまり深入りさせるのはかえって将来の不幸にならないかが心配でもあった。あの男は極悪人ではないとしても、ユキのようなごく普通の一般人がグレーゾーンに迷い込んだのとは違うのだから。
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そこでサーシャはゲームの立案担当と相談した上で、件の美男子に瀬戸に「鬼」を頼むことにした。既に「愛人関係」の瀬戸を対戦相手にすることは、通常はあり得ないことなのだけれども(八百長になりかねないため)、「裏の事情を視聴客に明かした上でならまたそれも面白い」との判断だった。
ゲームの賞金額は(ユキにとって)低リスクゆえに低くなってしまうが、もはや必要なお金を手に入れたユキからすれば、そんなことは問題ではない。むしろ消化試合は安全な方が良いくらいだっし、「瀬戸さんだったら負けて視聴者の前であれやこれやされても」「私が勝ったら婚約か結婚してくれるかも」などと、ユキ本人も納得歓迎のようではあった。
しかし世の中は甘くないようだった。スイッチゲームで鬼役の瀬戸に捕まった後で、アクシデントというか悲劇が発生した。あきらめ顔で甘えて欲情に火照った表情のユキに、瀬戸からのシンプルな暴力が炸裂する。初めて殴られて痛みよりショックで愕然とするユキに、瀬戸は冷ややかに言った。
「飽きたんだよ、お前のことは。だいたい俺が殺したい奴を殺すのに、たまたまお前のゲームに利用価値があっただけだって何回も言っただろ? 脳みそ足りてないのかな、この馬鹿女は」
そこで哀れを見かねたサーシャが割って入ると、瀬戸はニヤリとして「それって反則じゃないのか?」などと言い出す。たしかに瀬戸は何もルール違反はしていないし、むしろとっさの感情のmsまに短絡的なゲーム介入をやったのはサーシャの方ではあった。
どうやら彼は最初からそれが目的でサーシャの方を「嵌める」つもりだったらしい。涙目でキョトンとしているユキは、ゲーム対決に承諾して応じた瀬戸の深意を何も知らなかったらしい。
「餞別に勝ちは譲って見逃してやってもいい。でも、お前(サーシャ)次第だけどな」
「は? 私に何か?」
「あんたらにとっても、損な話じゃないはずだ。ちょっとばかり俺に手を貸して欲しい。協定やルールに反することでもない」
彼の目線が監視カメラを刺す。
サーシャが促すと、ユキはしばらくためらっていてから、やがて泣きながら顔を覆って、スイッチの残りを押しに行った。
「あの娘、本気であんたのこと好きになってたけど、もう少し、あなたは人の気持ちを考えたら?」
「中途半端に気持ちになんか配慮して、殺したり破滅させたら、そっちの方が事じゃないのか? あの娘はこんなグレーゾーンのやばい世界より、元の普通の世界に戻ったら目を覚まして「全部悪い夢だった」ってすぐに忘れるだろうさ。俺やお前のことなんてな」
そしてユキが泣きながらも、脱出する前にもう一度だけ戻ってきたときには話はついていた。
瀬戸はサーシャに、自分が参加するハードゲームへの協力を依頼したのだった。ユキは事情と成り行きに半狂乱になって、必死で止めようとする。
「ごめん、私が馬鹿だから! もう良いから、もう私の負けで良いから、サーシャやめて! 私のせいであなたまで危ない目に遭うだなんて、そんなの絶対にダメ!」
だがサーシャは頭を振って、笑顔で言った。
「これはチャンスって言ったらチャンスなんだ。うちの運営でももっと過激なハードゲーム派と対立があることは話しただろ? どうせ戦うんだったら、僕やここのコロッセオ本店の運営としても、優秀な奴と一緒の方が有利だもの」
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