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無明のロシアンルーレット/サーシャ編3 ※旧作第一章完

「無明のロシアンルーレット」
 
1
 ゲームの内容を聞いたときには吐き気がした。
 二人の子供を並べておいて、その子供たちに向かって、ロシアンルーレットの引き金を引くのだ。リボルバー拳銃に弾丸を一発だけ込めて、交互に引き金を引く古典的な決闘遊戯だけれども、自分の頭ではなく、お互いの助けたい子供に向かってというのが今回の独特なところだった。
 
「何も面白くないが、まあさっさと終わらせようや」
 
 取り仕切る間宮がポテトチップスをつまみながら投げた視線の先には、麻酔されて眠っている二人の子供。ここは病院でこれから臓器移植の手術をするかしないかの瀬戸際なのだった。
 事の発端はある代議士が自分の幼い孫娘を助けるために、レッドチャイナのウイグル臓器牧場に裏で依頼していたが、諸般事情でうまく話が進まなくなった(これまで看過されていたのが異常なのだが)。どうしても孫娘を助けたい腐敗代議士と、野放図を掣肘しようとする良識的な(?)政治家の間で悶着があって、ロシアンルーレットで当事者の子供を撃って決めることになったとか。
 間宮は協定やルールを違反した実力行使を阻止するためにここにいるのだが、同じ病院には裏社会の黒服戦闘員と警察自衛隊の護国グループがにらみ合っている。
 
「これほどしょうもないゲームや賭けもないよなー。もしウイグルのガキが助かったところで、祖国でろくな目にあうとも思えん。日本で際限なしに面倒みれるわけきゃないし、商談成立しなかったら戻すことになっている。
それに代議士の孫ちゃんが収奪臓器で一時的に助かっても、移植臓器なんてもんは永久に持つわけじゃないから、そのときまた苦しんで、他の誰かを身代わりの犠牲にするしかなくなるんだぜ?
ヒャハハ、これこそまさに「無明の世界」だな、くくっ」
 
 平然と滑稽そうに笑っているのは間宮だけだ。
 サーシャは眉をひそめ、対戦相手の代議士の老人も悲痛な面持ちであった。これまで散々に悪事や汚職を重ねてきただろうに、一つには孫娘の命がかかっていることと、自分の手で臓器収奪に見知らぬ子供を殺すしかないことで青ざめ、手が震えている。
 サーシャは「最低だ」と呟く。彼女だって、延命に臓器移植を必要とする子供を殺さなくてはいけない羽目に追い込まれたのだ。
 喜んで面白がっているのは間宮だけで、「やっぱりこの人はおかしい」とサーシャは思った。間宮は「二人とも良い表情してるねー」などと茶化しながら、サイレンサーを付けた小さなリボルバー拳銃を準備している。
 
「ジャンケンで順番決めようや。そのジャンケンで実際は子供の生き死にが決まっちゃうんだけど」
 
 ジャンケンで勝った代議士は目を凍てつかせ震える手で、ウイグルの子供に銃口を向ける。
 
「ごめんよ、死んでくれ。恨まないでくれ、葬式はちゃんと出す。自分の国で野垂れ死ぬより、よっぽど良いだろう。な?」
 
 そんなことを言いながら膝までを震わせている。不発だったがどこかホッとした表情をする。
 次いでサーシャが代議士の孫娘に、苦虫をかみつぶしたような顔で引き金を引く。こんな序盤です弾丸が出るわけがないと心のどこかで想っていたら「当たり」であった。眠る子供の掛け布が血で染まっていき、心電図が停止した。
 手から拳銃が滑り落ちる。
 サーシャは膝が崩れて、その場で吐いてしまった。孫娘を失った代議士はしばし呆然としていたが、何も言わずに泣き始めた。
 
 
2
「君は、ひょっとしたらあの子を救ってくれたのかもしれないな。私の歪んだエゴや人生に巻き込まずに済んで、かえって良かったかもしれん」
 
 そんな風に別れ際に言った代議士の老人は、翌日に首を吊ったらしかった。どのみちに逮捕されることは決まっていたらしい(その筋から粛清で殺されたのかも知れないが)。
 サーシャは最悪な気分ではあったが、あの孫娘があれ以上苦しまず、あの代議士が人間的な心境で死ねたのは良かったと思った。
 
※旧作「スイッチゲーム第一章」完

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