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ホテルで暴行無双(笑)/サーシャ編2(後)

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 その後の十分もしないうちに、七階で鍵で封鎖されたドアの前で「あーだこーだ」と騒いでいる男たちに災厄が訪れた。
 サクッと音がして、一人の首筋に出刃包丁が突き刺さった。深く、正確な投擲でもあった。他の無事な三人が呆気に取られている間にも、もがいて鮮血を撒き散らしながらぶっ倒れる。頸動脈が切れたっぽい。
 
「牛さんと豚さんに謝れっ。どうしてお前らなんだ、まずそうな面しやがって」
 
 激しく毒づくのは腹が減ってイライラしているのだろう。今日はまだ昼食を食べていないのだ。
 スキンヘッドのマッチョがボクシング風の構えを取る。
 サーシャは特に慌てるでもなく、床の擦り切れたカーペットに血溜まりを作っている臨死の首から出刃包丁を抜き取ろうとした。するとその隙に襲いかかってきた最寄りのタトゥーの顔面を抜き身の勢いで切り裂いてしまった。
 
「あー、ごめん」
 
 口ではごめんと言いながらも、前蹴りでドンッと突き飛ばす。よろけるというよりも吹き飛ばされるような感じだった。
 それから階段方向に走って、手すりを足場にしてジャンプする。スーパーボールが跳ねるように天井を蹴って方向転換しつつ、上方から飛びかかるみたいにして、追いかけてきたアロハシャツに体重を掛けて切りつけた。サーシャは密度の高い筋肉質で同じくらいの背丈の女性より目方があったりもする(運命と諦めつつも「僕は太ってるわけじゃない」とたまにこぼしている)。
 出刃包丁の切っ先が胸を切り裂きながら食い込んで、鳩尾あたりから深くめり込む。内蔵がグチャグチャになったことだろう。これではほとんど致命傷であった。
 残された二人はしばしたじろいだようだったが、返り血を浴びたサーシャが挑戦的に手招きなどしたので、ボクシングを心得たスキンヘッドがつられて襲いかかる。考えがあったというよりも血の気が多いのでカッとしたのだろう。
 助走のステップでサーシャの顔面に迷いのないストレートパンチを繰り出すが、そういう必殺技はもしもボクシングの試合ならば、ジャブなどで様子見したりしてタイミングを図って繰り出すものである。理由は隙が大きいからで、もしも同性のボクシングなどの選手と戦うときならば、もっと慎重になったに違いない。やはり女の子だと思って心のどこかで舐めていたのだろう。
 サーシャは突き出された拳と腕を掻い潜るようにして、強烈なクロスカウンターを見舞う。可憐な弾丸のような拳が男の顎を砕く。脳振盪を起こして倒れたところを突きのけて、床に伸びたところへ金的をグシャリと踏み潰す。
 究極の災厄に見舞われた男は破滅の苦悶に突如として覚醒するが、口を金魚のようにパクパクさせるのが精一杯だ。ズボンの胯間部分に血がしみて赤く染まっているから、文字通りに「破壊」だろう。きっと破れた皮巾着から潰れた金玉がはみ出しているに違いなかった。
 だが、長くは苦しまなかったのが救いであったかもしれない。サーシャに頭をサッカーキックで蹴り飛ばされて、一発で頚椎骨折して即死する。床落下式の絞首刑でも似たようなことになるのだから、これもまた彼の運命なのかも知れない(捕まれば死刑確定の重罪犯罪者であった)。
 残された最後の一人が逃げようとするが、非常階段口はルールで締め切られていた。必死で鍵を開けようとしている肩に、天使のような悪魔の手がそっと置かれ、ただの握力で握り潰していた。
 
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 今回の件は、一種の罠のようなものだった。逃げていた悪辣犯罪者グループの前に脱出チャンスをちらつかせて処刑しただけのことでしかない。警察からも情報を貰ってそれとなく示し合わせており、真面目に裁判や死刑にするより手間がかからない方法だった。
 
(「ホテルで暴行無双」完)

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