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サバイバル隠れんぼ3(完)

7
 ミキとアリサが一階にたどり着くと、廊下を一瞥した様相がいささか様変わりしていた。
 薄暗い中に二人のヘッドライトの光に浮かび上がった光景は。
 幾つかの教室のスライドドアが解放されている。つまり自分たちが二階に上がった後にここで敵がいたことの状況証拠である。
 
「気をつけて! まだどこか近くに潜んでいるかも」
 
 前に出たミキは両手でバットを構えながら、油断なくあたりに目を光らせている。
 一方のアリサは過呼吸気味にバット以外のもっと強力な武器、腰につけたサバイバルナイフに手を伸ばしていた。あのトラウマの記憶が脳裏に甦ってきて、つい頭を左右に振ってしまう。
 それで慎重になってしまい、扉の半開きになった教室を一つずつ調べずにいられない。
 
「でもさ、ドアを閉めて隠れてるかも」
「こ、怖いこと言わないで!」
 
 アリサの指摘にゾクリとするミキは背後と周りに視線を振り動かした。暗闇にライトの光が踊るが動く影はない。無自覚に背中合わせになった呼吸音が静寂に響いている。
 そのとき携帯が振動して、二つ目のスイッチが押されたことがわかる。
 
「え? これって?」
「違う階にいる?」
 
 それでようやく、出し抜かれた事を悟る。敵の真の狙いは二人ではなくて階上のスイッチだったのだ。わざわざ叫んで注意を引いたのはおそらく陽動と威嚇のためだったにだろう。
 
「やられたっ!」
 
 顔をしかめたミキは臍をかむ思い思いだった。アリサはまだ不安そうで落ち着かない様子でソワソワとしている。
 
「どうする?」
「追いかけるしかないわ!」
 
 二人は意を決し、階段を駆け上がっていく。新たに押されたスイッチが二階にせよ三階のものにせよ、階上のものであるのは同じであるはずだった。
 ただ、生き残っているスイッチが二階か三階かはにわかには察知できない。それが差し当たりの懸念ではあった。
 
「もし三つ目を取られたら取られたらで仕方ないわよ。どうせその後でもう一回スイッチ押さないと校舎から逃げられないんだし、どっちみちに脱出するには一階に降りなきゃいけないんだから、二階で待ち構えた方が賢いかも」
 
 足を動かして思考が回り始めたのか、アリサはにわかに合理的な考えを述べる。そしてウエストポーチから発光トーチを取り出して、二階の廊下を照らすように滑らせて投げ置く。
 序盤に歩き回ったときには一つ一つの教室を調べたわけではないのでどの部屋にスイッチがあるかまではわからない。しかし移動しなければいけない以上は、嫌でも廊下に出てくるしかないだろう。
 そして自分のヘッドライトを消して、ミキにも目線で促す。待ち伏せするならライトは消して、トーチの淡い光で闇の動きを窺った方が良いだろう。どうせ廊下か階段を通るはずなのだ。
 今回のゲームでは非常階段はチェーンロックで封鎖されて使用できないからだ。
 
「でもさ、もしも反対とか真ん中の階段を通って下に降りていったら?」
「そのときはハズレだけど、まだ三回目のスイッチでは外に出られないから。まずは二階か三階かを確かめて、さいごにいざとなったら一階で張り込んだらいいと思う。どうしても運が絡むけど、それでも出くわす機会は十分あると思うから」
 
 そんなことを言いながらも内心では、このまま遭遇せずにゲームが終わることを、心のどこかで願っているのかもしれなかった。大事なのは実際にぶちのめすことよりも「男と対決して恐怖を克服すること」なのかもしれない。
 やがて三つ目のスイッチが押されたことが通知される。この階のスイッチ部屋に隠れ潜んでいる可能性がなくもない。ちなみに今回のゲームではスイッチオン時点での鬼の階移動は義務ではない。しかししばらく様子見して動きがない以上はらちがあかなかった。
 
 
8
 ここからは強行突破だとサダオは腹をくくった。
 三つ目のスイッチオンから二分後に、ボーナススイッチの場所が指定される。
 その通知があったら(携帯は音も振動もしない設定になっていた)、飛び出して一気に駆け抜けるしかあるまい。
 教室の半開きの扉のから窺うと、優しげな顔立ちの娘の姿がある。しかしサバイバルナイフなど持っていると、それだけで凄みが違った。もう一人のバットを構えた方はスイッチのある突き当たりの図工室を覗き込んでいる。扉の窓ガラスから中が見えるので、最初に歩き回ったときにに発見していたに違いない。
 やがて通知がある。
 幸運なことに一階だった。
 サダオは大胆にも彼女たちの脇の階段を狙う。強行突破に近いが、それでも長く追いかけっこするよりは良いように思った。
 飛び出し迫ったサダオに、アリサがナイフを突き出す。腕が切れた感覚がしたが、そのまま走り抜ける。階段の踊り場をターンしたときには、投げつけられたバットが床と壁に跳ね踊った
 一階まで駆け下りて、職員室のスイッチを押す。部屋を出るときにまたバットが飛んできて、腕でかばわなければ危ないところだったかも知れない。
 どうにか校庭まで走り出る。
 星空だった。
 そして背後から追いついてきた女の声がした。
 
「すみません、これを」
 
 さっきに切りつけてきた娘が困ったようにおずおずとハンカチを差し出している。既に戦いは終わっていた。
 
(「サバイバル隠れんぼ」完)

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