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廃校スイッチゲーム7(完)

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 どうやら一つ目のボタンが押されたらしかった。携帯へのメール着信でそれがわかるし、それが二階と三階のどちらかだということも察しがついた。
 一階のスイッチ部屋の前で見張っていても、内部で異変があったとは思われなかった。
 鬼は予想が外れて舌打ちする。あの女が校舎外でタイミングを図ってこの部屋のスイッチを最初に狙ってくるのだと思ったのは、最初に待たされた先入観のせいもあったのかもしれない。しかし実際には別方面から侵入していて、階上の部屋のスイッチを押しに行ったのだ。ずいぶんと待たされたので、おそらくは向こうも一階と上階のどちらのスイッチを先に狙うか外で悩んで時間を浪費したに違いないのだが。
 届いた状況通知メールには「別の階に移動するように」という移動の指示も与えられている。これは鬼が一カ所のスイッチ部屋で最後まで延々と待ち続けるのを禁止するためで(スイッチの存在数と押すべき課題数が同じである場合には必要な処置だろう)、鬼がスイッチオンの際の移動命令に従わなければその時点で敗北、ゲームオーバーとなる。
 
 
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 本当は何か細工して時間を誤魔化したかったのだが、余裕がなかった。あまりモタモタしていればそれによってかえって自分に首を絞める恐れもある。
 一つ目のスイッチを押しはしたものの、ここからが本番でもあるのだろう。そして鬼が移動を強制されるから、それによって鉢合わせするリスクも生まれることになるわけで、好条件ばかりではないのが妙味なのか。
 仮に鬼が一階にいたならば、必ず二階か三階に移動して巡回してくることになる。
 マナミ自身もため息をついて移動を開始するしかない。ここに確認に来るとは限らないが、まずはどこかに身を隠して、鬼の移動方向や位置を確認するのが賢明か。
 それについては一計があった。
 
 
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 鬼がマナミの姿を目視したのは、三階の端の音楽室の入り口付近だった。
 慌てふためいた様子で音楽室に飛び込んで入り口付近の鍵をかける。そして慌てた様子でスイッチを押して、非常階段口からかけだしていく。
 
「くそっ、これで二つ目か!」
 
 鬼は全速力で一階に向かう。そうこうするうちに、階段を駆け下りて一階に辿り着く。その頃になって「二つ目のスイッチが押されました」のメールが届き、強制的な階の移動を命じられる。
 
「はっ! 何を今ごろになって」
 
 とっくに三階から一階に移動している。
 そして一階のスイッチ部屋の入り口でマナミがやってくるのを待つ。もうここにしか、押すべきスイッチはないのだ。
 はたしてマナミはやってきた。
 窓の外から枠を乗り越えて。
 
「覚悟しろ!」
 
 鬼が勝利を確信したとき、メールの着信音と共に携帯無線機から強烈な電気ショックが発生して、耐えきれずに両膝をつく。
 
「何故?」
 
 理解できずに疑問を口にする「鬼」にマナミは正解とタネを明かすのだった。
 
「あなたが「反則」したからよ」
 
 
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 どうやらマナミの策略は図に当たってようだった。
 二階のスイッチ部屋の付近の廊下には床用の白濁したワックスがぶちまけられていた。滑りやすい罠と足跡で出入りがわかるとでも思ったのだろう。
 しかしマナミはそれを逆手に取ることにしたのだ。わざと足跡だけをつけて、二階のスイッチは押さなかった。その代わり先に二階の端の美術室の非常階段口の鍵を(あとで使うために)コッソリ開けておいた。わざとらしく三階に向かう階段にワックスの足跡をつけて「二階のスイッチを押したので三階に行きます」というふうな誤解を招く状況証拠を残した。
 そのあとで三階の音楽室のスイッチを押し、わざと一端は音楽室の前に出て鬼が階段を上ってくるのを待っていた。わざと慌てたふりをしながら、実際には既に押してある三階スイッチをもう一度「押すそぶり」をして、非常階段口から逃げ出した。
 そのあとでマナミは一階まで駆け下りるのではなく、先に鍵を内側から開けてあった二階の美術室に侵入し、(一階に向かう鬼を遣り過ごしてから)二階のスイッチを押しに行った。
 だから鬼がこの一階で受け取った「スイッチが押されました」の通知メールは、実は三階の分(がタイムラグの誤差で少し遅く届いたの)ではなくて二階の分なのである。その(二階スイッチが押された)時点で鬼がいた一階から別の階に移動しなければ「反則」ということになる。
 マナミは机と椅子のバリケードをガラガラと取りのけて、ポンと最後のスイッチを押す。そして腑に落ちない表情で訊ねた(いささかの上から目線なのは勝者の驕りなのだろうか?)。
 
「ねえ、お姉さんに教えてくれないかな? どうして君みたいな子が、そんなことやってるの?」
 
 電気ショックでまだ立ち上がれない鬼は、まだ二十になるかならないかくらいの若い少年だった。
 
 
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 校庭でのピクニックの続きには、「鬼」役の少年も不承不承に加わって、ポツポツと身の上話をさせた(後から照会したところではあらかた本当のことを喋っていたようだ)。何でも歪んでしまってこんなコロッセオの危ないゲームに参加したのには、家庭などの事情もあったようだ(それは複雑なのでまた別の話になるが)。
 概略としては仕事人間の父親との不和で家庭を捨ててよその男に走った母親を恨み、さらには同級生の女子生徒たちの蓮っ葉ぶりを忌み嫌い、それで「女なんかみんなろくでもない」とでも強烈に思い込んでしまっていたようだ。
 マナミはすっかり毒気を抜かれてしまい、不幸な経緯話に同情や共感をも抱いたようで、こんな風に言うのだった。
 
「でもさ、私みたいなのもいるんだし(笑)。近所のお姉ちゃんとでも思ってくれたらいいわ。なんなら私で良かったらしばらく付き合ってみる? だけどもうこんなことやっちゃ駄目よ」
 
(「廃校のスイッチゲーム」完)

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