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選択肢の可能性は至極に単純な二つだった。一階のスイッチを最初に押しに来るか、それとも無視して二階三階に向かうか、である。
鬼の立場からすれば、L字型の校舎では一階スイッチ部屋のあたりからは反対側の(曲がった先の)廊下を見ることはできない。
だったら曲がり角で(L字型の)両方の廊下を同時に警戒すれば良さそうなものだけれども、一階スイッチ部屋のすぐ近くで張っていないと、ボタンだけ押して一端は安全圏の校舎外に逃げてしまう可能性もあった。
玄関近くの姿見を曲がり角で移動させたいのはヤマヤマだったが、今からではたぶん間に合わないだろう。玄関と一階スイッチはL字廊下の反対側にあるから、迂闊に玄関方面に向かえば一階スイッチの防衛を捨てることになりかねない。なぜなら煤けた窓ガラスまで全部壊して落とされたから、一階に関する限りは外からこちらの動きは丸見えである。窓枠の下をしゃがんで移動するとしたら、それでは速度が厳しいし姿見鏡を運ぶにも無理があるだろう。
ゆえに鬼はどちらかの選択肢に賭けるしかない。そこで彼は一階スイッチ部屋の前の廊下で待つことにした。
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今度は用心深さでマナミが上回ったようだった。
わざわざ教室側方面から遠回りをし、スイッチ部屋付近の廊下を偵察しに行ったのだ。四つん這いに近いしゃがみ歩きならば窓枠の下に身体を隠すこともできる。
それで、聞き耳を立てて中の廊下の様子を見て、どうやら階段を降りて一階スイッチ部屋前の廊下で待ち構えている作戦だとマナミは理解した。
そこで当然ながら、反対方面の廊下へと割れた窓から侵入し、階段からまずは三階へと向かう。わざと二階を後回しにしたのは、二階ならいざとなれば窓から落下しても命が助かると思ったからで、そのために壁面の金属パイプの位置もあらかじめ頭にたたき込んでおいた。途中まででもそれを伝えば落下ダメージも少なくて済むだろう(鬼は校舎外に出られないから安全地帯なのだ)。
手には割った窓ガラスの手頃な破片をナイフのかわりに持っている。束の持ち手のかわりにハンカチを巻いたのだが、これで威嚇したり一回や二回なら刺したり切ったりもできるだろう(わりと厚みがあって、営利に尖った水晶の刃物のようだ)。覚悟を決めてしまえば、こんなに心強い武器はない。
本当は包丁が欲しかったのだが、事前にあからさま過ぎる危険物は取り除かれている(家庭科室の包丁や理科室の特に危険な酸などの薬品類)。
ただ、机や椅子などは残されているため、最初に外から確認したところでは、一階のスイッチの周りには即席のバリケードが作られている。排除は容易でもわずか数秒が命取りにもなり得るし(特に最後に押してそのまま窓から外に逃げるときには)、下手に崩せば大音響で居場所が察知されてしまうことになる。
幸いに三階音楽室のスイッチにはバリケードなどは敷かれていなかった。かわりにガムテープで大きな釘が周りの床に垂直に立てて固定されている。もし今が夜で靴が薄いスニーカーのままだったならば、知らずに踏みつけた負傷で歩くのが難しくなっていたはずだった(これもサーシャの忠告に救われた格好だ)。まったく、「鬼」のような陰険極まりないやり方だった。
そして高さ一メートルくらいの台は床にネジで固定されていて、その頭にスイッチボタンがついている。わかりやすい上に、勝手に移動させられない配慮であるらしかった。
考えてみればこの音楽室は一見は袋小路のようでいて、普通の入り口と準備室への通用口に、非常階段へのドアまである(各ドアの鍵をうまく使えば逃げ回ったりロックアウトしたりの駆け引きもできるだろう)。最初にマナミが三階に来た理由が(先に見た間取り図から)そのことに気がついていたからで、ゲームの運営側は意外と(勝負やゲームとして成り立つように)考えているようである。
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マナミはスイッチを押す前に深呼吸なんかしてしまう。これを押せば、鬼に残りの押すべきスイッチ課題があと二つだとばれてしまうわけで、特に今のように一階スイッチスイッチで見張っている場合には、押されたのが(一階以外の)二階と三階のどちらかだとも推測されてしまうことになる。
この今回のゲームの難しいところは、最後に一カ所だけ残ったスイッチボタンの場所がばれれば、その場所で待ち伏せされることになることだった。それゆえに本当は、鬼が廊下でウロウロしている間にスイッチボタンを押してしまうのが一番望ましいのだ(鬼はボタンが押されたこと自体に通知は受けるが、どれが押されたかは自分で確認するしかない)。
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