2ntブログ
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 ともあれマナミだって今は他人のことなど心配している場合ではないのだろう。もしも失敗すれば貞操だけではなく、負傷や障害を負ったり最悪は命の危険すらあるのだから。
 
「落ち着いて、頑張って」
 
 後部座席から声援をかけてくれたのは、付き添ってくれたコバルトの瞳の彼(?)だ(サーシャと名乗っていたが、本名かどうかも性別すら不明)。立場的にあからさまな手助けは禁じられているそうだが、ゲーム外での最低限の安全確保してくれるのだから味方の部類ではあるだろう。
 どうやら政府機関側が送り込んだ「監視担当」なのだそうだが、まだ二十歳かそこいらにしか見えないし、美少年としか形容のしようがなかった。ひょっとして女の子なのかもしれないと怪訝に思ったけれど、本人が否定するのだからそれで納得するしかなかった。
 
「どうせだったら、鬼の役があなただったら良いのに。それだったら私だって、その、乱暴にされても観念するんだけど」
 
 冗談交じりにため息すれども、声が震えてしまうのは、やっぱりこれから一人で立ち向かわなければならない恐怖と試練のせいなのだろうか?
 すると彼は励ますようにニッコリと応える。
 
「僕は構わないけど、ガッカリするかも」
「そうなの?」
「たぶん」
「そんなことないって」
 
 すると彼は困った顔で「あとでカツ丼でも食べに行こう」などというので、マナミは笑っていくらかでも気持ちがほぐれる。
 腕時計を見るとあと二分足らずでゲームスタートだった。
 そこでマナミは校舎の方に数歩ほど近づいて待つ。いかにも始まりと同時にゲームエリアに駆け込もうとするかの如く。
 やがて運転手が窓から顔を出して、「スタートです」と手を振って知らせてくれる。おそらくは十分前には校舎内で鬼が手錠と目隠しを外されて、自由に行動を開始しているはずであった。
 するとマナミはスタスタと全く違う、手近な林のしげみの方に歩き出す。
 
「どちらへ?」
「トイレ」
 
 少し驚いたような冷やかすような不躾な質問に、マナミは無愛想に答える。
 そもそも作戦実行の猶予時間は二十四時間あるわけなのだから、慌てて踏み込んで早速に捕まれば、それだけ凌辱される時間も増えることになる。どうせ「鬼」はルールで校舎にから出てこられないのだから、突入するタイミングはこちらが決めさせて貰う。
 敵は既にゲームの制限時間を最長の二十四時間に指定してしまった時点で自ら墓穴を掘ってしまっているのだから、それを活用しない手はないのである(マナミ自身がビギナーであることもあって、敵もそれ相応の低レベルなのだろうか?)。人間はそんなに長時間を緊張した集中力でいられるものではないのだし、わざと警戒が緩んでくるのを待つ作戦だ。延々とうろつき回るだけでも消耗するものだろうし、いつ突入してくるかわからないのだから寝ているわけにもいかないだろう。
 人目のない物陰とはいえ、めったにない野外で用を足して妙に開放的な気分で戻ってきたマナミは、サーシャに言った。
 
「お昼にしましょう」
「賛成!」
 
 サーシャがいそいそとピクニックシートを敷き、大きなバスケットまで取り出してくる。こちらには兵糧のサンドイッチがある。運転手にも一包みあげてから、校舎に向かって小馬鹿にした笑みを浮かべる。お前(鬼)にだけは分けてやらない(敵だもの!)。どうか一人で飢えながら悶々イライラとしてやがって下さい。
 サーシャは実によく食べた。
 マナミもそれなりに食べた。
 運転手は気が咎めたような苦笑いをしながら食べていた。
 しかしそんなことをしながらも、マナミは校舎の方向をさりげなく、チラチラとは窺う
 だいたい敵が校舎のどの辺りにいるのかわからないのだし、玄関口あたりで隠れて待ち構えている可能性もある。馬鹿正直に正面玄関から入るのが賢いとは限らないし、まず敵の現在位置を把握するのが優先なのである。
 敵がしびれを切らして動き回ればそれだけで、窓やらの陰の動きで居場所が特定できるかもしれない。玄関や窓から不用意に顔を出さないとも限らないのだ。
 今のところには玄関口に動きはないようだが、潜んでいたとしても気づかない可能性はある。
 
(考えろ、私)
 
 男の鬼を相手にして、最初からまともに足の速さや腕力で勝負するのが賢いとは思えない。できる限りの知恵を回すのが勝敗を分けるはずなのだった。
 そのときはまだ、色気に目が眩んだ男たちのことを、いや人間の恐ろしさを舐めていた。悪知恵や酷薄さではマナミはまだ凡庸な部類で、自分が「女」であることでどこか甘えた考え方をしていたのかもしれない。鬼は婦女暴行目的にゲーム参加してくるような奴なんだから、容赦や手加減なんかするはずがなかったのだ。
 
 
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 つくづくバカな女だ。「鬼」は鏡に映った廊下の様子を階段から眺めながら思った。
 その時々でルールは微妙に違ったりするが、内部の見取り図や各部屋の写真などの資料は事前に手渡される。そして逃げる(たいていは女)側はスイッチの場所を事前に知らされるが、鬼は無事なスイッチが何個残っているかの経過情報しか与えられない。
 校舎内にあるものは何でも使ってよく、鬼には十分の行動アドバンテージが与えられる。突入してくる可能性がないならば、安心して何でもできるということ。
 その間に彼がやったことがこれで、放棄されていた姿見の鏡を動かして反射鏡にし、不完全ながらも玄関から遠い階段から直線廊下の様子を窺えるようにした。
 戦いはもう始まっているのだ。

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