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 ゲームの舞台へと案内されたマナミは軽自動車から降りるなり、空気の違いを肌と全身に感じ取っていた。鼻梁に吸い込んだ草の香りは、こんな荒れた廃校舎の校庭では無理もない。町中からそんなに離れていないはずなのに、森と林ばかりでずいぶんと田舎の印象が強い。
 ここまで送迎してきた男性の運転手が無機質に恬淡と告げる。
 
「じきに午前十一時ですので、スタート時間はそちらでよろしいですね? 時間制限は一日ですけれど、鬼に捕まっているときには時間切れでなく追加一時間になりますのでご注意ください」
 
 つまり「たとえお前が終了時に鬼から捕まって暴行されていても、一時間は助けない」と言っているのだ。
 このコロッセオのゲームはそれによって成り立っているのだから仕方がないが、いやらしいことこの上もない。ゲーム中継の配信映像中での暴力やレイプは最大の見せ場で、むしろ顧客の会員達の多くはそれを目当てにして会費を払っているのだ。マナミも参考までに見せて貰ったら、吐き気がするような悪意と気色の悪いチャットコメントが乱舞していて、泣きそうになった。
 
「わかってるわ! そんなこと」
 
 そんなことをこんな時に言わないです欲しかった。マナミだって怖いから、つい感情的になって声を荒げてしまう。
 
(ああ、なんでこんなことをやっているんだろう?)
 
 ようやく大学を出たものの、たまたま入った会社がIT企業だったのが運の尽き。たとえ名目上は正社員であっても「特定技術派遣」だの「客先常駐」だの言っても、業界で多くの雇用形態は人材派遣会社とあまり変わらないのである(建前は「客先への常駐」であっても、転売目的の商品に仕入れられたようなものだ)。せめて派遣先がデータ入力だの、ウェブやホームページ製作なら良かったのだろうが、機械製品の制御プログラムを書けと言われてもどだい無理な話なのであった。
 それでも結婚と同じで「×イチ」の扱いになるのが日本の社会の掟である。つい感情的に破れかぶれになった上に、奨学金の返済のこともあったために、思いあまってこんなところに来てしまった。
 幸いにもこれは、時間いっぱいゲームエリアに留まらなくてはいけない「隠れんぼ」ルールではなかった。指定された三箇所のスイッチを押して回ったら、さっさと現場を脱出するのが良いだろう。
 まだビギナー参加者であることもあって、難易度が優しいめに設定されている。三回のゲームで一セットのコースだったし、二日前にやった一つ目のゲームのプロレスごっこはペアになった別の女性参加者と共に「死に物狂い」でどうにか乗り切った。
 
(あの子、どうなったかしら?)
 
 あの第一戦での戦友の娘(国立の短大卒)は教員になりたかったらしいのだが、教育産業は左翼だの共産党員が牛耳っている。氷河期世代の教員が異様に少なかったり、いまだに教科書の内容にプロパガンダがねじ込まれるのはそデタラメのせいだそうで、小娘一人でそんな状況がどうなるものでもない。限られた公立学校の教員枠を巡って愛国的な勢力のグループと共同で左翼と揉めて、こんなところに来てしまったのだそうだ。
 あの凄惨なレイプ魔とのプロレスじみた試合後に、勝利したにもかかわらず顔を覆って泣いていたのをよく覚えている。
 
「こんなことやっちゃったら、勝って教員枠を幾つか味方が確保したって、私もう学校の先生になんかなれっこない。生徒の子供にどんな顔して教えたらいいのかわからないもの」
 
 思い出すだけで胸が詰まるような話だった。幸いにも彼女は図書館司書とかの可能性もあるようなのだが、せめて少しでも救われて欲しいとは思う。
 
(注)
たとえば派遣緩和(小泉など)などは特定勢力による中間搾取強化や日本社会の破壊を狙っていた説がある。どうやら特定野党のみならず与党側の内部にも腐敗や隠れたシンパ勢力は蔓延しているようで、二階幹事長がアメリカから名指しで警告を受けた説がある。

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