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8罠師(トラッパー)vs狙撃手(スナイパー) ※第二章完

※「ノベマ!」に近ごろ投稿しているスマホ書きの携帯小説。かなり簡潔な書き方(?)で、プロット・アイデアの原案やコンデンスノベル(濃縮小説)みたいなもの。
 
 
1
 トラ(虎さんまたはトラップマンやトラッパー)はポンッと手から輝く魔法の輪を、地面に気軽に投げ置いてレト(犬鳴レトリバリクス)に言った。
「レト、ちょっと乗ってみ」
「あい?」
 通常なら、トラップ(罠)魔術の名手のトラップに自分から乗るなど自殺行為だろうが、それは敵対関係の場合のことだ。この(実質的な)義兄は、いたずらみたいにからかったりおどかしたりはしても、本気で危害を加えてくることはない。
 何かしら面白い仕掛けでもあるのだろうと、ちょっぴりワクワク。
「いったい、なんだってんですか?」
「わかるさ、じきに」
 トラバサミの鉄仮面の奥で、ニヤリと愉快そうに微笑む気配。
 レトが魔法の輪の中に足を踏み入れると、下から気流を感じて、耳がフワつく。それどころか、重力さえもが軽減されていく? 瞬く間に、フワフワと空中に浮かび上がってしまう。
「おおー!」
 レトは感嘆の声を漏らした。
 また新しいやり方を編み出したものらしい。
「これって、どうやったんです?」
「大気の魔術と重力操作を組み合わせてみた。それはパラメータを加減して、空中に浮かんで捕獲用だけれど、匙加減でトランポリンにしたり空中に吹っ飛ばすこともやれる」
「あ、これ、空中で泳いでる感じですね。でも位置は動けない。どうやって降りるんです?」
 レトは空中で浮かんで、フワフワと空気を手足でかいて泳ぎのポーズ。純粋に楽しんでいる。
「だから、捕獲用。作動してから効力が切れるまで、三日間くらいは自力で脱出不能。座標操作のノウハウで、どれだけ藻掻いてもズレは自動修正される」
「密かにやばいというか怖いですねえ」
「魔法使いだったら、トラップそのものを壊せるかもだし、投げ縄か長い棒でもあればそれを外に引っ張れば逃げられるかもだが」
「ベルトとか? でも、これ藻掻いてもなかなか逃げられないっぽいです」
 このトラの魔術者としての、本当の強みはありふれた罠(トラップ)魔術の単純威力ではなかった。通常の「魔術トラップ」は爆発・炎上だの捕縛だののシンプルなものがほとんどだが、トラの独特さは「やり方次第で何でも盛れる」ことに注目して、独自のノウハウにまでそれを昇華した点にある。
 そのためには、広範囲に各種の属性の魔術にある程度まで通じていて、それらの組み合わせを試し続けた経験知が必要だった。だから、トラの魔術の能力や知識は「枯れてありふれたもの」が大部分ではあるが、レパートリーやカバーしている範囲や種目が多彩なのだ。
 奥義や秘蹟・秘術だのや最新鋭の研究成果はほとんど授けられていないのだけれども、一般化して信頼性や確実性のある魔術技能を幅広く揃えて、巧みに運用するノウハウを独自に習得している。高度な専門研究者というよりは博識で有能な現場技術者に似ていて、かえって現実の一般的用途や戦いでは強かったりするらしい。
「つかまって」
 トラが手を伸ばしてくれたのをつかみ、引っ張ってもらって、ようやく地面に降り立つレト。
 そのとき、ふとトラの様子が変わった。
「敵かもしれない。探知トラップに反応があった」
 トラップの本質は「設置」と「遠隔操作」だ。
 もし「できる」のであれば「何でも盛れる」。
 探知の魔術をトラップという形で設置して、警戒網にすることさえ。そして、上手い有効な配置を考え出すだけの頭もいる。理論上は可能であったとしても、実際にできる者は多くない。
「レト。とりあえず、クリュエルに知らせて指示に従って待機してくれ。あっちの水晶玉にデータは転送した。数は多くないようだが、他に後続がいる斥候かもしれない。俺はこれから偵察と「狩り」に行ってくる」
 このリベリオ屯田兵村は、新しい避難民の移動・集住で、範囲と規模を拡大していた。より山岳要塞としての重要性が高まって、近郊の農地なども含めて、自治都市に近づきつつある。
 早い段階で打撃を与えようとする動きがあったとしても、おかしくないだろう。
 
 
2
 そのころ魔術協会のランク5魔術師スナイパー・アリオンは常のパリッとした宮廷風礼装のままで、部下と従者十数名を率いて、屯田兵村への森道を進んでいた。
「じきに、砲撃の範囲に入る。大型スタッフ(長距離射撃用の長い魔法杖)のある櫓の様子と動きには気をつけろ」
 魔法使いの攻撃は、レーザービームや火炎放射に似ている。距離をとって攻撃できることが大きな利点ではあるのだが、拡散や距離による威力の減衰という相反する弱点があり(熟練や才能によって集束率を上げられるとはいえ)、それを補うために「杖」を使用することが多い。
 一般に、大型で長い杖の方が長距離の射撃・砲撃に向いており、しばしば櫓・物見台には固定砲台のいうな大型のスタッフ杖が設置されている。
 個人で扱う背丈程度の長さのスタッフ杖もあり、より携帯や取り回しの便利な腕くらいの短いものはワンド(短杖)などと呼ばれる。
 このアリオンが愛用しているのは自作の特製スタッフ杖で、ロングレンジでの魔法狙撃を得意とすることから「スナイパー」と呼ばれている(片眼鏡を身につけているのも、照準を定めるために工夫した補助具であった)。なお、少々気取った宮廷貴族風の衣装もあながち伊達ではない。魔術協会の基準でランク5以上に評価されるのは、人間の魔術者全体の二割弱くらいの人数でしかなく、一般的な基準からすれば十分に上級者・強者の部類だろうから。
 ふと足を止めたアリオンは、樹上のアルチェットに釘を刺した。
「今回は、貴様の役目は「対磐戦の立会人」だ。横合いから集団で乱戦にでもならない限りは、私に任せて見届けろ。奴ら反逆魔術者ども、私が「狙撃」で仕留める」
 既に、水面下では敵対関係。人間同士で。
 魔術協会に従わないクリュエルなどの反魔族強硬派の魔術者たち(特に中級以上では圧倒的に少数派だが)は快く思われておらず、先日の一件以降には反目と緊張は極限に達しているのだった。
 樹上の道化師アルチェットはクススと笑ってニヤニヤと愉快そうにしている。
「いいさ。俺は見物人だ。お手並み拝見」
 対磐戦は魔術者同士の決闘のようなもので、能力や功績の評価に加点される。この同僚がこだわるというのなら、やらせておけば良い。アルチェットからすればクリュエルのグループと個人的にあまり恨みを買いすぎることは避けたい。
 
 
3
 トラは森林に潜んで、さっきの探知トラップの反応から大雑把な攻撃方向と位置を定めた。
 あまり狙撃は得意ではなかった。
 だから、持参したスタッフ杖の先端に、爆破トラップを仕掛けた「砲弾」をセットする。これならば(飛距離の限界はあれども)距離による威力の減衰はなく、着弾点で爆発してくれる。しかも通常のレーザーのような「線」の攻撃ではなく、砲撃した場所で広範囲にダメージを与える「榴弾」のようなものだから、必ずしも正確に狙う必要はない。
 それでもできるだけ正確に方向づけるためもあって、スタッフ杖の前方に磁場・加速トラップの輪を二重に展開する。
「聞こえるか? 砲撃を開始する」
 通信魔術でリベリオ屯田兵村の作戦司令部の水晶玉に伝達して、トラは掃討砲撃を開始した。
 
 
4
 あまりにも唐突な砲撃だった。
 雨あられと降り注ぐ魔術系の爆発物。
「なんだ、これは?」
 アリオンは目を白黒させる。
 櫓や物見台からの砲撃ではなかった。しかもかなりの長距離から、大雑把にポンポンと惜しげもなく投げ込んできている感じだ。
 とっくに中下級の魔術者の部下や従者たちが何人か犠牲になってしまっていた。彼らからすれば付き従って見届けるつもりで、まだ本格的な撃ち合いの間合いにすら入っていないはずだったのだ。
「ええい!」
 片眼鏡で千里眼を発動し、犯人を見極める。
 あいつか、「罠師」! データ資料で見たことがあるランク6。
 しかし「ランク評価」というのは実力だけでなく、評価する側の魔術協会にとっての忠実さや有益さも判断要件だから、全くそれだけで測れるわけではなかった。リベリオ派(離反・反逆した反魔族強硬派)の場合には、奥義や最新の秘術研究にはあまりあずかれない反面で、実戦向けに特化している者が多いとも聞く。
「フハハ! 見事だ、だが私の勝ちだ! 貴様のことは覚えておくぞ!」
 闘争の興奮と強敵、もとい戦うに値する獲物に巡り会った充実感。それを自ら仕留められる歓喜がアドレナリンを氾濫させる。それもまた、男や狩人の本能なのだろうか。
 スナイパー・アリオンの放った必殺の魔術の光条は眩い柱が倒れ込み走るようで、並の魔術者のレーザー攻撃とは比べものになるまい。威力にして凡百の数倍で、この距離による減衰も問題になるまい。
 だが、当たらない。
 砲撃は依然として続いている。
(何故だ?)
 少し考えればわからなくもない。乱射されている砲弾は事前に作っておけばしばらくは効力が持つだろうし、前方に幻惑や認識操作、防御障壁の魔術を「設置」すれば敵の攻撃の狙いを逸らせる(あるいは事前に準備していたものを利用したのかもしれない)。
 いわゆる設置タイプの魔術は仕掛ける際に魔法力を消費するが、使った魔力は時間経過で回復するのだ。しかもいざとなれば「回収」すれば、設置した際に消費したパワーの半分くらいは戻るのだから、本人にとっては魔法力回復アイテムのようにも使用できる。
 二射目と三射目の応戦のあとで、既に敵の罠師がそこにいなくなっている。
(転移の魔術まで使うのか? 器用な奴だ!)
 しかも、もしそれが事前に仕掛けておいた転移魔法トラップを使ったなら、本人はたいして魔法力を消費してもいないだろう。別方面から新たに砲撃してくるつもりなのか。
 そして悪いことには、部下や従者たちの半分もが負傷してしまい、手当てしなければ命に関わるだろう。既に三人くらいは死亡している。
(迂闊に連れてきたのは失敗だった)
 アリオンは舌打ちして、魔力の過半を使って回復と応急処置を施し、即席の防御シールドを付与してやる。これで大幅なパワー消費してしまったし、このまま力の劣る部下たちを庇いながら戦うのは無理な話だった。
「撤収する。後退の転移魔法を」
 苦虫を噛んだアリオンが指示を出して、部下の魔術者たちが複数人で協力して、脱出のための転移魔法を発動する。
 そのとき、突然に背後から現れた鉄仮面の罠師が、ノコギリのようなフランベルジュ剣で斬りつけてくるのだった。とっさに無造作なシールド魔法で防げたのは幸運だっただろう。
 アリオンが短距離での白兵戦のための短杖を向けたときには、罠師の姿はとうにない。転移魔法の設置トラップを使ったらしいが、それも事前にこのあたりに仕掛けてあったのだろう。
(なるほど、迎撃戦はお得意ということか。このあたりの土地そのものが、あいつの「罠」も同然ということか!)
 薄れゆく幻影と残像になって脱出しながら、アリオンはつい笑ってしまった。恐ろしいし脅威ではあったが、魔術者としての「戦いが楽しかった」からなのだろうか。
 
 
5
 トラが、防塁と堀のある屯田兵村村の内部に戻ったとき、さっきレトと遊んでいた場所に人だかりができていた。
「いやっ! 見ないで! 笑ってないで誰か助けてよ、もうっ!」
「あ、なんなの、これっ!」
 あれはたしか、レトのチームメンバーのエルフの女魔法使い、ミケナ・フロラともう一人。空中に浮かび上がって捕獲されて藻掻いてもいる。スカートがめくれ上がって(シャツまで?)、とんでもないことになってしまっているのだった。
 呆然としたトラが浮遊・捕獲用のトラップを解除すると、二人の女はようやく解放されたが、「あなたの仕業?」と詰め寄られ、もう一人から真っ赤な顔で向こう脛を蹴り飛ばされてしまった。

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