※「ノベマ!」に近ごろ投稿しているスマホ書きの携帯小説。かなり簡潔な書き方(?)で、プロット・アイデアの原案やコンデンスノベル(濃縮小説)みたいなもの。
1
「左利きじゃないんですよね?」
「ああ」
剣のお稽古は、面・胴・小手の防具をつけて。
しかしレトはどれだけやってもトラは手強すぎてかなわない。しかも、義手ではない左手で。
「どうして利き手じゃないのにそんな」
「両手持ちのでかい剣で練習してたから、左手も動きや感覚を覚えているみたいだな」
「ああ! それで!」
「軽い普通の剣なら片手で扱えるし、もし訓練してたのが右手専用の武器だったらと思うと、右手がなくなった時点で終わっていたな。あと魔術もなかったら、お手上げだった」
トラが過去の不運、成り上がり商人貴族の無礼討ち・試し斬りで右腕を失ったのとは、レトも聞いている。それで大剣が十分に扱えなくなって戦術変更を余儀なくされたらしい。
「大剣(グレートソード)は威力はあっても取り回しはあまり良くない。お前だって変身したり、能力を半分くらい解放してないとうまく扱えないだろ? でも「練習や鍛錬用」としては使えるし、特にお前は狼変身できるから、鍛えすぎて成長阻害されるリスクも低い。
グラディウス(やや短い剣)の方が、普段に使うならかえっておすすめかも」
そういえばトラからは「グラディウス剣も一緒に持っておけ」と言われた。予備くらいにしか考えていなかったが、使い分けが重要かもしれない。
レトが通常の人間の格好では、扱いやすいのはむしろグラディウス。あの大剣はトレーニング目的大型モンスターにとっておくべきか。わざわざ義弟同然のレトに与えるあたり、トラとしては思い入れも未練もあるのだろう。
「どうして耳をいじるのですか、みんなして?」
「深い意味はない」
指摘され、トラは手を引っ込めた。獣エルフのレトの耳はいわゆるドロップイヤー(垂れ耳)で、親しい人間には「触ってみたい」衝動を起こさせる何かがあるらしい。
こんな「トラバサミの鉄仮面」になってしまったトラではあるけれど、姉がノロケ目的でわざと机上に開きっぱなしの日記を見ていて、本性の一端は知っている。姉もまた狼に変身するのだが、基本形態は四足獣で、二本足で直立歩行するレトの狼男形態とは一味違う。ただしトラに対してはすっかり「馴染みの犬」になっている。
「犬になっていたら、ヒゲとアホ毛を指でピコピコいじられた。「こそばゆい!」って前脚で払いのけても執拗なので、吠えて抗議した。あとで肩を抱いて頭を撫でてくれたから許す」
「顔立ちや毛並みやボディラインが綺麗でお淑やかなお姫様みたいだ、可愛いとか大好きなんて、犬のときは人間のときより素直に正直に礼賛しよるのに。わたしが人間の姿だとそういう気の利いた言葉はめったにない」
「腹を見せて寝転んだら、私のお腹を指でポンポン叩いて「タヌキに勝てそうか」とほざきよる。顔から毛むくじゃらの胸に埋まって(そこにおっぱいもないのに)、わたしにぞっこん」
「人間のときと犬のときとどっちが好きかきいてみたら、本気で返事に困っていた」
横で見物していたドワーフ戦士娘のカエデ・ジャロスタインが立ち上がった(日焼けじみた浅黒さで活発さや運動好きと一目でわかる)。ショートの髪の毛にシャツとハーフパンツ、手には革のグローブ、肘や脛にも革のプロテクター。そろそろ交代したいらしい。
レトはクッション入りのグローブと柔らかい脛当てを身につける(反撃して叩いたり蹴ったときにカエデに怪我させないよう)。この打撃娘と練習するのはとても良い訓練になる。一撃が重すぎないので多少は耐えられるのだけれど、スピードが早くてスズメバチに襲われる感じ。防御や対応の訓練にもってこいなのだ。
「ちょっといいか?」
トラが横から、カエデのグローブと脛当てなどに、赤いチョークの粉を刷毛でつける。
「はい?」
「当たったとき、印がつく」
「なんですか、それ?」
意図が飲み込めない。
「レト、当たらないようにかわすなりさばけ。お前、「一発二発だったら殴られても大丈夫」とか思ってるだろ? でも素手じゃなくて「刃物や毒針持ってたら一発でアウト」だぞ」
「でも、僕だって基本の回復魔法は使えますよ?」
「いくら回復魔法が使えても、一対一のタイマン勝負で戦闘中にそんな余裕があるか? 相手を倒すか距離とったり逃げ切るまで、ゆっくり回復なんかさせてもらえると思うか?」
2
村に避難勧告が届いたのは、その日の夕方。
この近くの地域に魔法マテリアル資材の鉱脈が見つかったらしく、それで政治取引の一悶着あったらしい。案の定に腐った政治屋や商人たちは魔族側に売り渡しを狙って、裏取引でこの地域への防衛を法規したのだそうだ。
都市部の反魔族レジスタンス協力者・守備軍の関係者から知らせが来て、「近日中に魔族側が進駐したり攻めてくる恐れあり」「安全な地域に移動してリベリオ屯田兵村の近くに合流するように」と。
「今、魔術協会や他の近隣都市にも図って迎撃をはかってはいる。「魔術マテリアルを魔族側に渡すのは損失で将来の危険になる」し「防衛網の一角を引き渡すのは賢くない」と説得してはいるが、どうにもかんばしくない。みんなして目先の自分らの安全が大事で、ビビって目を付けられるのを怖がっているのさ。都市内にも魔族の手下ギャングがいるし、買収されている奴らも多すぎる」
危機の知らせをもたらした少尉は、申し訳なさそうに「守り切れない恐れもあるし戦闘に巻き込まれるかもしれないから、非戦闘員を退避させるように」と説明する。
それでレトたちの新規旗上げた冒険パーティー「レトリバリック」の初仕事は、避難民たちの誘導と護衛。年長のエルフの魔法使いのお姉さん、ミケナ・フロラと姉のルパがリーダー誘導員で、レトとカエデが同行の隊員。周囲の山村を回って人間やエルフの村人たちを助けて引っ張ってくる役目を仰せつかる(エルフやドワーフは魔法や腕力は概して優れていても、それでも全員が戦闘員というのではない)。
最大戦力のトラは「迎撃戦線」の方に参加する可能性が高かった。
3
「くれぐれも、無茶はするな。お前たちの仕事は敵と戦うことよりも、村人への警告・召集と非難誘導だ。無理に強敵と偶発的に死闘しても意味はない、時間ロスと消耗リスクを考えろ」
トラは出発するレトリバリック・チームの三人に言い含めて、数発の信号弾を手渡す。そして念を押すように言い含める。
「下級以上の魔族の斥候や、十人以上の盗賊やアビスエルフと遭遇したら、それで空に合図を送れば十分だ。戦うな、逃げろ。これは助言でなく命令だと思ってくれ」
レトと三人の若い女たちは、並の人間に比べれば強いだろうし、相手方が少人数であればやられてしまう危険は低い。だが潜行してきた魔族や大集団と遭遇すれば安全とは言いかねる。死亡や捕獲などの危険と同時にタイムロスになり、しかも、たとえ戦って勝利しても負傷があとに響く恐れもある。
神妙な顔で頷くレトの横で、小生意気なドワーフ娘がニヤッとして言った。
「二三人くらい、わたし一人だって蹴散らせるし、十人や二十人くらいなら」
皆まで言い終わらぬうち、トラの手がカエデの髪を掴んで左右に引っ張った。レトはトラの珍しい行動と冷酷な目つきにギョッとしたようだ。
「勝てる勝てないより、リスクとタイムロスの効率性の話だ。お前が個人の趣味で余計な自己満足することで、村人たちが安全に脱出できる余裕も減っていく。勝手な趣味で、無力な村人連中を危険にさらすのが賢い判断か?」
次にカエデが甘ったれたことを言ったら、トラは殴るつもりだった。
先の説明は理由の半分で、もしこの娘が敵の魔族や盗賊に捕まったらどうなるかを思えば(暴行でなぶり物にされたり奴隷に売り飛ばされたり魔族の食肉にされる)、今殴って鼻血を出させてでも安全な行動と作戦を強要しなければいけない。
「は、はい」
カエデはトラの真剣で冷徹で異論を許さない調子に、珍しく素直に頷く。事態や状況と意図を察したのだろうか?
トラは手を離して「よろしく頼む。村人たちを危険にさらしたり無駄な犠牲は出したくない」と、重ねて、特にカエデに言い聞かせた。
レトリバリック・チームの出撃・出発のあと、トラはやや高い小さな丘の小さな櫓に上る。トラバサミの鉄仮面ヘルメットを外し、背丈ほどの長杖(スタッフ)に手を伸ばす。
それ用にしつらえられた「杖」は魔法使いにとっては射撃や砲撃を補助する武器で、パワーの効率性や集束率・精度などを高めることが出来る。「スタッフ」と呼ばれる長杖なら長距離を狙撃や砲撃できるわけだが、さらに大型のビッグスタッフは鎖で吊されたり補助台がついている。彼らのような中級以上の魔法使い一人は砲兵や騎兵の優秀な一個小隊に匹敵・凌駕する(それが彼らの戦術・戦略上の価値だった)。
見張りするその場には、他にも二三人ほどのエルフの魔法使いたちがいた。いずれもパワー出力の高い者ばかりなのは、攻撃面での出力だけの問題ではない。立地や装備・設備が良くて人数がまとまっていれば、逆に敵から集中砲火されるような危険も伴うためである。
「今のところ、レーダーにはそれらしき敵影はないようだ」
磨かれた銅鏡と水晶玉を見ながら、長老格エルフの一人が言った。もしも魔族や敵性の大集団が現れた場合には、ここからスナイプ射撃で片付けたり、味方の救助班や避難民たちを援護して守る算段だった。
最初は個別の哨戒パトロールの遊撃で警戒・駆逐する案も出ていたが、まだ敵が大量に来ているわけでないのだし、へたにウロウロすることで敵の先鋒の斥候(もしも既に近くに侵入してきているならば)をかえって見逃す恐れが高かった。むしろ現時点では見張りに主眼を注ぎ、発見した敵が狙撃・砲撃で対処不能であれば、その地点に転送魔法で誰かがテレポートしても良い。
人数と戦力に限りがある以上はやり方を考えるしかない。いかにエルフやドワーフの村々が人間よりも魔法能力に長けていても、それら全てが戦闘向きなわけではない。彼らの魔法は冶金や医薬品の練成などの生業に直結する方面で活用されている事が多く、戦闘目的はごく一面なのだ。
4
知らせを受けたジョエル大尉は珍しくホッとしたような、ニンマリとした笑みを浮かべた。閲覧室していた書簡を持ち上げて、傍の部下に示す。
「ようやく分からず屋の魔術協会にも、話のわかる連中がふえてきたらしい。魔法マテリアルの採掘や配分にあずからせる条件で、二百名を支援に送ると言ってきた」
全員がクリュエルやトラほどに腕が立つのでなかったとしても、魔術者二百名というのは悪くない戦力だった。通常の接近しての白兵戦や格闘する戦士たちとは兵種・戦力としての種類と質が違う。優秀な砲兵部隊や騎兵隊ですら不可能な水準の援護射撃や突撃をやってのけるし、一緒にいるだけで魔族の魔術に対抗する防御になる。
元来は、数名から数十名の戦士の一隊に魔術者が一人二人くらいがつきそって、援護やカバーに当たるのが理想とされていた。ところが世の中が腐敗して魔術協会も非協力的になり、そのために人間側陣営が不利になる一因となっていたのだ。
だが、世界情勢は悪化している。
そろそろ魔術者たちにも、さすがに現状を憂いて義勇心を起こす者たちが増えだしても不思議はない。そんなことを思うにつけ、ジョエル大尉は顔をほころばせてしまう。
もしかしたら、これをきっかけに流れが変わるかもしれない。もしその二百人が積極協力してくれれば、この地方からだけでも魔族利権のギャングを抑え込んだり駆逐していくこともできる。一部とも魔術者たちのまとまった人数が反魔族レジスタンスを支持して立ち上がれば、日和見と裏切りを常習している主流派に政治圧力をかけることも可能になり得るからだ。
5
数日後、魔族側の軍勢(雑兵はエルフ・ドワーフや人間の奴隷や盗賊・無法者も多い)が「進駐」と称して押し寄せて来たときには、周囲の村落の住民たちの避難はあらかた済んでいた(クリュエルのリベリオ屯田兵村の付近にキャンプ村を併設)。周辺の都市や村々のエルフ・ドワーフと人間たちの戦える者も集まって、迎撃の陣。
「とうとう、中央からの援軍はこなかったようだが。だが魔術協会の二百人もいることだし」
真摯な眼差しのジョエル大尉に、トラが言い辛そうに口を挟んだ。
「お言葉だが。あいつらは、もうあそこにいない」
「は?」
左翼と正面にいたはずの魔術者たちは、蜃気楼のように透けて薄れていく。
「なんだ、あれは?」
「だからもう、「あそこにはいない」。魔術のテクニックで、幻影とテレポートの組み合わせ技の「残像後退」というやつ。残像を残して、踏みとどまってその場にいるように見せかける」
「つまり、逃げたと?」
「おそらく、残念ながら」
「こんな戦闘開始の直前にか? 敵の方に回り込んで先制の奇襲をしかけた、とかではないのか?」
森林エルフの長老格の魔法使いが、言いよどんで苦虫を噛み潰した顔になる。
「そらみたことか! あいつら腐った人間魔術屋カルテルのやりそうなことだ。前方に行ったのでなく、後方に逃げたとはっきり探知できる」
「そんなことをして、なんになる? なんになるってんだよ、おい?」
目を白黒させるジョエル大尉に、トラは明らか顔で肩をすくめた。あまりにも事態が無惨すぎて、かえって冷淡な眼差しだった。
「こうやって、戦う気のある俺らを最前線におびき出して売り飛ばして、魔族に始末させる。あとは都市や村々を親魔族ギャングと腐敗で統治してめでたしめでたし。そんなとこじゃないか?」
やがて、敵方から魔術砲撃が始まった。
応戦や防御するはずだった人間の魔術協会派遣軍は既におらず、残ったわずかな人間の魔術者・その地のエルフの魔法使いたちが対抗しても、時間稼ぎの牽制にすら不十分。
じきに「大敗走祭り」が始まった。
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